25・別れと帰郷と

 

祝賀の日々は穏やかに過ぎ去り、フロドは今やもう、故郷に帰ることを願い、そしてそれだけが唯一の願いとなっていました。裂け谷にまだいるビルボのことも、フロドの気持ちを逸らせる一つの原因でした。アラゴルンにいとまを告げ、ここに残る全てのものに惜しまれながら、ホビットたちは帰途につきました。アラゴルンは別れを惜しみ、アルウェンと共にその旅路を祈りました。
「どうか、フロド。わたしたちの祝福が共にあるように。」
レゴラスとギムリはもう、ふたりで旅をする準備をしようとしていました。
「お前たちが行くって言うんならしょうがない。わたしたちも行こうか、レゴラス旦那。いつか、また会える日まで。」
「そうだね、ギムリ。わたしたちも行こう。そして小さなわたしの友人たちよ。どうか星々の恩寵と共に。」
ガンダルフは別れを言わず、ホビットたちについてきました。何よりも指輪所持者であったフロドのために。それをフロドは分かっていましたので、あえて何も言いませんでした。サムも何かを察しましたが、主人が黙っているので何も言いませんでした。もとより、ガンダルフがいてくれれば安心できるとホビットたちは大歓迎なのではありましたが。そうして裂け谷での再会、ゆったりした帰りの行程、それはあまりに今までの旅とかけ離れていました。確かにまだ、この地には闇なるものの存在がひそかに根付いていました。しかしそれも今は大いなる光にさえぎられ、影を潜めているようでした。そうして裂け谷をも去り、とうとうホビット庄へ向かってゆくというその時、エルロンドがフロドにこう言いました。
「フロドよ、あなたはもうここに戻ってくることはあるまい。いつか時が来れば、あなたはわたしを探すだろう。木々の葉が金色になる季節、またわたしはあなたと会うだろう。」
それはふたりだけの間に交わされたつぶやきでした。他の誰もがそれを聞くことなく、それはフロドの心にそっとしまいこまれ、またサムにも見せることはありませんでした。
 

こうして、中つ国の第四期がはじまりました。指輪の仲間はひとりが失われ、そして今やもう別の道をそれぞれに歩みだしていましたが、それでも心の中はいつまでもいつまでも愛情と信頼に結ばれていました。

そうしてとうとう、ホビットたちは戻ってきたのでした。あれほどまでに守ろうとした大切なものの元へ。懐かしのホビット庄へ。その緑あふれる景色を見た時のフロドの笑顔に、一瞬だけ影がよぎりました。それは苦しそうで、切なそうで、悲しそうな笑顔でした。
「わたしたちは、帰ってきた。」
そうつぶやいた声は、髪を乱す風に運ばれて、すぐに消えてゆきました。
 

ホビットたちの暮らしはフロドが出て行ってからもまったく変わっていないように見えました。平穏で退屈でそれでもかけがえのない大切な日々を、ホビットたちは飽きることなく享受していました。そしてそれに満足し、与えられたものを抱いて生きていました。しかしフロドやサムに対する態度は少しだけ変わりました。今までもフロドは変わり者のバギンズの一人と思われてきましたが、さらにみながフロドを見る目はビルボ以上の変人になって帰ってきたとしか映りませんでした。それでも、フロドはただ穏やかに笑ってそれを見ているだけでした。サムがどれほど
「メリーの旦那やピピンの旦那がでっかくなっちまって、それになんだかお偉い格好をしなすってるもんだから、みんな惑わされてるだけですだ。どうして分からねえだか!本当はフロドの旦那こそが・・・」
などと言って憤慨しようとも、黙って首を振って微笑むだけでした。
 

落ち着いて何日かたったある日、フロドとサム、それにメリーとピピンは緑龍館に集っていました。周りの喧騒は、以前と全く変わることなく、ビールやらパイプやらを気ままに楽しむホビットたちでひしめいていました。ホビットたちはその心地よい空気を、胸いっぱいに吸い込みました。そしてメリーとピピン、それにサムは満足そうにため息をつきました。誰からともなくビールの器をかちりと合わせ、四人は乾杯をし、そして静かにそれを味わいました。それはずっとずっと忘れていた、少しだけほろ苦くそして濃厚な故郷の味がしました。誰も口を開くものはいませんでした。ただ、幸せそうに微笑を交わし、黙って器を傾け続けていました。そうして静かに、静かに夜は更けてゆきました。

  「新しい世代へ」に続く。