17・兎のシチュー
サムはフロドを見つめるうちに、これからの旅のことを考えるに至りました。フロドはこの使命が終わる時にはもう食べ物はいらないと言いました。しかしサムはその後のことを考えずにはいられませんでした。少なくともこれからの最悪の道程を考えるに、エルフのレンバスはなるべくとっておく方がいいことも分かっていました。ですから今、この緑豊かな地で何か少しでも他のものを食べておけたらいいと思いました。もうこの辺りには生々しい戦いの傷痕はありませんでした。ですからサムはフロドからそう離れずに、食べられそうな、もしくは湯に入れて飲めるような香り草を探していました。するとその時です。ゴラムが何かを口にくわえて眠っているフロドに飛びついてきました。
「見て、見てよ!スメアゴルが見つけたのをよ!ほらほら、ホビットさん!いい旦那さん!」
フロドは疲れた目をふっと開けました。スメアゴルがペッとフロドの前に投げ出したもの、それはつがいの兎でした。
「若い兎よ、やわらかいよ、そうよそうよ!食べて、食べてよ!」
スメアゴルはとても嬉しそうにそう言いました。そしてそのうち一羽に生のままかぶりつき、その肉を噛み千切ろうとしました。フロドの優しそうなゴラムを見る表情は一転し、血生臭さで咽喉にすっぱいものが込み上げてくるようでした。つかつかと、サムがゴラムに歩み寄り、ゴラムから兎を取り上げました。
「やめろ!旦那さんが吐いちまうだろ!」
そうしてサムは兎を見ながらちょっと思わぬいい展開だと思いながらゴラムに胸をはって言いました。
「兎のつがいの食べ方は決まってるだ。」
「キアアァ!何やってる、何やってるのよ!」
美しい景色の中に、それにそぐわぬ凄まじい声が響き渡りました。背負ってきた大きな鍋に兎を入れたサムに向かって叫ぶゴラムの声でした。ホビットというものは誰でも料理ができました。かれらは文字を覚える前に料理を覚えるのですから当たり前です。そしてサムはそのホビットの中でもかなり上手い料理の腕前の持ち主でした。そして今までの旅の中でも機会があるたびにその腕を振るってきました。ですからまだサムの荷物の中には色々な料理道具があったのでした。
「でぶのホビットはばかよ!だいじな兎がだいなしよ!」
「何が!」
サムも負けじと言い返しました。
「ほとんど肉なんてついちゃいねえよ。こうやって食べるのが一番だ。」
そしてサムはそれを食べるフロドを思い浮かべて小さく笑いました。
「旦那はずいぶん痩せてやつれてしまわれただなあ。これでも食べてまたにっこり笑ってくださるだかなあ。ちょいとじゃががありゃいいんだがなあ。」
しかしフロドは何かにふと気が付き、ふらふらとその場を離れて行きました。そしてサムはせっかくフロドの笑顔を思い浮かべていたのにゴラムに現実に引き戻されたのでした。
「じゃが?じゃがってなによ、いとしいしと?じゃがってなによ、ええ?」
「じゃ、が、い、もだよ!茹でてもよし、つぶしてもよし、細くしてとろとろ煮込んで・・・おっきな金色のじゃがのチップスに魚のフライを添えて・・・」
「うえー、ぺっぺっ!」
サムはせっかくのうまいものの解説に唾を吐かれてむっとしたようでしたが、フロドにこれから食べさせようとする期待の方が大きくて上機嫌でしたので料理する手を休めることなく続けました。タイムとセージの茹で湯が香り立ち、サムは月桂樹の葉を2、3枚ちぎって鍋に入れていました。
「うまいもんだぞ。さすがのお前も食っちまえばそんなこた言ってらんねえぞ。」
「そうかい、うまいさかなまで台無しだよ!なまで、しるけたっぷりのさかなをおくれよ!けちなチップスなんてそっちにとっときな。」
そしてまた鍋から離れてゆきました。
「まったくどうしようもないやつだ。ねえ、フロドの旦那。」
サムはそう言ってフロドが確かに今までいた方に振り向いたつもりでした。
「フロドの旦那?」
しかしそこにはすでにフロドはいませんでした。
「じゅう」に続く。 |