Two
of them
これはレゴラスとギムリの種族を超えた友情の小さな物語です。
中つ国第3期末期、エルフとドワーフの間の絆が再び強くなりました。ギムリとレゴラスは自ら知らずとも、その親交の中心となったのでした。
「はじめはお互い胡散臭い目で見ていたよね。」
ふふっと笑ったレゴラスが言いました。レゴラスの後ろには一人のドワーフが少し息を切らして歩いていました。
「そんなこともあったかい、わが友よ。」
ドワーフは息切れやら照れやらを隠すようにそっけなくそう言いました。
「懐かしいね。」
レゴラスはギムリの話を聞いているのかいないのか、また楽しそうに言いました。そして小さく歌いながらまた歩みを速めました。もう小走りしていると言っても良いかもしれません。
「待ってくれよ!レゴラス!」
やっとギムリが降参の声をあげました。
「あんたには追いつけないよ!わたしを置いて行かないでおくれ!」
「置いていくなんて!あるわけないさ、ギムリ!」
レゴラスはやっと耳を傾けてそう言いました。でもその目はまだ楽しそうに笑っていました。
「置いていくなんて!」
レゴラスはもう一度そう言いました。今度は呟くように。そしてふと、真剣なまなざしをギムリに向けました。長い長い年月を経てなお、純粋で透きとおったエルフの目でした。
「わたしは君と、どこまでも行くよ。」
二人は今、旅をしていました。
指輪の辛い旅が終わりを告げ、中つ国は第4期に入りました。エルフたちは次々と西へ旅立ち、安息の地へと姿を消してゆきました。その中で残ったのは少数のエルフだけでした。その中にはアルウェン、そしてレゴラスもいました。はじめエルフたちは、しばらく残るといったレゴラスに驚きを隠せませんでした。レゴラスこそエルフらしいエルフであり、海のかなたへの憧れは誰にも劣りませんでした。しかしレゴラスには仲間のエルフたちと共に西へ去るよりも大切なことがありました。大切な、約束があったのでした。二人で旅をしようという約束が。
「これは綺麗な森だ。」
ギムリがほうっと溜息をつきながらそう言いました。ギムリのその口調は決して友人に見せるためのお世辞や何かではなく、心から感動しているようでした。もちろん、お世辞などギムリには言えないことくらいレゴラスは分かっていました。
「そうだろう?わたしが君に見せたいと言っていたわけが分かるだろう。」
「ああ、そうだね。すべてが若々しく、それでいて古い。エルフの気配はもうないけれど、その空気がまだ残っているようだ。木漏れ日や鳥のさえずりから感じられるよ。」
そう感想を述べたギムリにレゴラスは多少驚きました。ギムリにこんな褒め方をされるのは珍しいことでしたから。レゴラスはあのエルフ独特のまぶしいような微笑を浮かべ、梢を見上げるドワーフを見つめました。
「それでも奥方様の森には敵わないな。そして奥方様自身にも。」
「相変わらずだね、わがドワーフ君の奥方びいきは。」
「わたしは本当のことを言ったまでだ。」
「そりゃそうだけど。」
少しふくれたレゴラスにギムリは笑いかけました。
「それでもあんたも綺麗だよ。あんたの森もね。」
とたん、エルフの顔がぱっと明るくなりました。そして喜びでいっぱいの目をギムリに向けました。嬉しさで胸がいっぱいでした。そして何も言わずギムリの肩に手をかけました。二人はこうして長い間、美しい森を歩き、それからドワーフの美しい山々の洞窟を見ました。レゴラスはこの時が永遠に続くものではないと分かっていました。
エレスサール王亡き今、レゴラスは最後の旅の仲間であり、心の望むままに西へ旅立とうとしていました。しかしたった一つだけ、この地に心残りがありました。
ある夕暮れのことでした。レゴラスはギムリと二人でイシリアンを歩いていました。穏やかに時が過ぎてゆき、ドワーフの生きる歳はまだ少しあるとしても、それほど残りは有り余るほど多いわけではありませんでした。レゴラスは自分勝手な夢を持っていると思っていました。ギムリと永遠の時を過ごせたら・・・。レゴラスの心は西に向いているのに、それだけが引っかかって今まで旅立てないでいたのでした。
「今日はえらく無口じゃないか。」
沈黙を破ってギムリがそう言いました。
「そうかい?」
「そうだとも。いつもの歌はどこへいったね?それにいつもの森の自慢話は?あんたのそれがないと森を隅々まで堪能できないよ。張り合いがなくてね。」
その言葉と同時にギムリは小さく片目をつむって見せました。
「少し、考え事をしていたんだよ。」
普段なら、ここで他愛のない意地の張り合いを繰り広げるレゴラスでしたが、今日は少し遠くを見、そしてしんみりとそう言いました。ギムリは、レゴラスが何を考えているのか分かる気がしました。最近のレゴラスは少し変でした。考え込んでいる時間が長く、時折ギムリをじっと見つめては軽い溜息をついていました。そして視線は常に西にありました。ギムリを連れて西へ行きたい。それがどうしても言い出せずにいました。しかしもう時は近づいていました。言い出せないまま真実の友を失うことはどうしてもできませんでした。ですからレゴラスは決心したのです。今日、このことを話そうと。
「あのね、ギムリ。」
レゴラスは急に立ち止まりました。その瞳はいつになく真剣そのものでした。ギムリは立ち止まり、不安の色が隠しきれないエルフの綺麗な目を見つめました。視線が上と下で合いました。穏やかな空気が流れていました。
「なんだい?」
沈黙から抜け出したのはやはりギムリの言葉でした。
「わたしに何か言いたいことがあるのだろう?」
ギムリはレゴラスが西へ行きたがっていることを知っていました。しかし、自分との友情のせいで西へ旅立てないことも知っていました。ですからギムリは思っていました。もしレゴラスが西へ行きたいと言い出してくれるのならば、喜んで送り出そうと。それにこうも思っていました。レゴラスが自分の死を見る前に旅立ってくれれば、と。旅の仲間の死は永遠の命を持つレゴラスに苦痛を与えていることを知っていました。心もその見た目と同じように美しいレゴラスにこれ以上の苦しみを与えたくありませんでした。ギムリは自分にそう言い聞かせていましたが、心の底では本当の自分が叫んでいました。このエルフと永遠を生きられたら・・・と。ギムリの瞳の中は哀しみに満ちていました。レゴラスの口がゆっくりと動きました。笑顔で送り出すんだ。ギムリは再び自分に言い聞かせました。
「わたしと一緒に来てくれないかい?」
その言葉は突然現れた突風のようにギムリを包みました。小さなドワーフが簡単に吹き飛んでしまうほどの大きな風となり、心を震わせました。言葉が出ませんでした。なんということでしょう!レゴラスは自分も連れてゆくと言うのです。そんな話は聞いたこともありませんでした。エルフやイスタリ以外がこの地を去るなんて。ホビットのフロドと、その忠実な庭師であるサムワイズは例外中の例外でした。かれらは共に過去における指輪所有者であり、深い愛情で結ばれていました。長い歳月を経てやっと一つになれたのです。ギムリは自分がまさか同じ立場になるとは思ってもいませんでした。
「なぜ・・・」
そんな言葉しか出てきませんでした。
「わたしは指輪所有者ではなかった。」
レゴラスはそれが否定の言葉にしか聞こえませんでした。
「なぜだい!そんな事がなんだっていうのだい!わたしはあんたと一緒でなけりゃ嫌なのに!西へ行って何になろう!思い出だけを胸に生きるなんてとてもできない!ああ、ギムリ、ギムリの旦那!君がこの地で安らかに眠りたいのならわたしもその横に眠ろう。憧れは尽きることなくわたしの胸に襲い掛かるだろう。しかし自ら悲しみに暮れて喜んでこの命を君への友情に捧げよう!」
レゴラスの瞳には涙さえ浮かんでいました。苦悩の色が澄んだ目を悲しみに染め、呻くように言葉を紡ぎました。
「違う!違う!」
そんなレゴラスの言葉を聞いてギムリはどれだけ嬉しかったことでしょう!どれだけこの言葉を待っていたでしょう!
「違うんだよ!レゴラス!」
ギムリはもうほとんど叫んでいました。
「嬉しいのさ!レゴラス!でも・・・」
「でも?」
一瞬晴れたエルフの瞳がまた少し曇りました。
「ドワーフなんかが海を渡るなんて聞いたことがない。わたしなんかが行っても良い所なのかい?向こうの世界ではわたしは奇な存在なのではないか?君の気持ちは嬉しいよ。でもわたしはドワーフなのに・・・」
ギムリがうつむき、レゴラスは目を見開きました。そして次の瞬間、嬉しさから思わずドワーフの肩を抱きしめてしまいました。
「ああ、ああ!ギムリ!そんなことで困っていたのかい!わたしのドワーフよ!わたしたちは種族の架け橋だろう?西にドワーフが行っては行けないなんて誰が言うだろう!君がいてくれるならわたしは分からず屋のエルフ全員に言い聞かせてもいい!わたしの真実の友だとね!」
レゴラスはギムリの少し白髪の混じった髭に顔を埋めてそう言いました。
「来てくれるかい?」
そして今度はもっと優しく、もっと期待を込めてそう囁きました。
「わたしは君とどこまでも行くよ。」
ギムリはいつかどこかで聞いた言葉を口にしました。はっとしたレゴラスの瞳がさあっと晴れてゆきました。にっこり笑ったその微笑みは、眩しいほどでした。
「わたしもさ!わたしと君はいつでも、いつまでも一緒だよ。さあ、行こう!」
こうして二人は中つ国最後の指輪の仲間としてこの地を去りました。そしていつまでもいつまでもこの友情は歌い継がれ、いつしか伝説となりました。長い旅はこうして全てが終わりを告げました。もうこの世界には旅の仲間は誰一人として残ってはいませんでした。全てが土に返り、そして海のかなたに去ったのでした。ほろ苦い記憶と神話だけを残して・・・
おわり |