The
Morning Stroll
これはホビットたちの温泉旅行(?)物語です。
なぜだか知りませんがホビットたち4人はとある温泉に宿泊していました。どこの国だとか今はいつだとかいうことはさておいて、とにかくホビットたちは仲良く温泉旅行を満喫していました。昨日の楽しい露天風呂での大騒ぎや、おいしい夕食などから一夜明け、フロドは早く目が覚めてしまいました。部屋にはまだぐっすり寝ているメリーやピピンの姿があります。もう一回寝なおそうかなどとぼんやり考えて布団の上に座っているフロドに話しかけるものがいました。
「旦那、おらも目が覚めちまいました。」
サムです。サムはメリーたちを起こさないようにフロドの耳元でそっとささやきました。フロドはサムが起きたことに少しびっくりしましたがなんだか旅行でわくわくして長いこと寝ていられないのが自分だけではないと思うとなんだか嬉しくなってにっこりと微笑みました。
「散歩にでも行こうか。」
フロドもサムと同じように他のホビットたちを起こさないようにサムの耳元でそうささやきました。サムは少し赤くなってこくんとうなずきました。フロドはにっこりと笑います。メリーは実は起きていたのですが、これを見るだけで何か二人の世界〜な悪い予感がしましたので寝たフリを決め込むことにしました。そんなことは露知らず、二人はそっと部屋を後にしました。
外に出てみると二人は霧のたちこめる世界にいることに気がつきました。下駄に温泉の浴衣、それに温泉の半纏だけでは肌寒いくらいです。しかし少し歩けば暖かくなるでしょう。二人はからころと下駄の音を誰もいない道端に響かせながら散歩に出かけました。目的地はこの近くにある神社です。昨日、近所の人や宿の人に、ここは祈るとよく願い事が叶うと言われていたのでした。さあ、出発です。
二人はあまりに静かなので声を出すのがはばかられるようだと思いました。ほうっと息をはけば白く残りました。建物でいつも日陰になっているところには霜柱が立っていました。
「サム!霜柱だよ!」
「ほんとですだ!」
二人は腕を取り合ってざくざくと霜柱を踏みました。凍った地面には二人の下駄の跡が踊るようについていました。さてフロドは霜柱をおおかた踏んだと思ったら、次は氷のはっている小さな水たまりを見つけました。そしてそれも踏んで割ろうとした時です。サムが慌ててフロドを止めました。
「あぶねえです!」
フロドはサムがあまり強い力で止めたのでびっくりしていました。
「大丈夫だよ。」
フロドがこう言ってもサムはききませんでした。
「滑って転びなさったら大変ですだ。おら旦那がお怪我をなさるのが一番つらいこって。」
フロドはそれを聞いてまたにっこりと微笑みました。
「ああ、お前はなんて優しいのだろう!わたしにはもったいないくらいにね。」
「そんなことねえですだ・・・」
サムの声はおしまいの方は消えてなくなりそうでした。フロドは優しい瞳でサムを見つめます。サムはそんなフロドから視線を離せなくなってしまいました。自然と二人は見つめあう格好になりました。どれくらいそうしていたでしょう。サムにはもう何時間も見つめあっているように思えました。ふとサムは我に返りました。そしてこの状況がひどく恥ずかしいことに気がつきました。ですからわたわたとしてフロドに言いました。
「もうじき神社ですだよ。さ、行きますだよ。」
「そうだね。」
フロドは多少がっかりしたような口調でそう言いました。
しばらく朝霧の中を歩いていくとそこには古い神社が見えてきました。サムとフロドは賽銭箱を目の前にふたつぽんぽんと手を叩きました。そうしろと物好きで物知りなメリーに教えてもらっていたのです。(でもメリーは賽銭箱については何も言いませんでした。)フロドはちらっとサムを見ました。するとサムはなにやら真剣な顔でむにゃむにゃとお願い事をしています。それを見てフロドは幸せそうに微笑みました。そしてフロドも同じように真剣にお願い事をしようと思いました。
フロドが目を開けるとサムがフロドをそっと覗き込んでいました。サムはフロドがあまりに長いこと目をつむっているので気になることを聞いてみるようと思いました。
「何をお願いしたんで?」
するとフロドはにっこり花のような笑顔を見せて微笑みました。
「お前が幸せであるように。」
「そんな!」
サムは一気にほてった頬をして、少し大きな声を出してしまいました。
「おらなんかのためにお願いを・・・」
そう言ったサムにフロドはちょっとまじめな顔をして言いました。
「わたしにはお前が幸せなのが一番のしあわせなのだよ。」
サムはまたぽっと顔を赤らめました。
「お前は何を?」
今度はフロドが聞く番でした。サムは思いがけず主人に質問され、困ったような表情をしました。
「ほんとに言わなけりゃならないんで?」
「もちろんだよ!わたしは言っただろう?今度はお前の願い事を聞かせてもらいたいんだ。」
フロドはそう言いましたがサムは恥ずかしそうにもじもじとして下を向いてしまいました。もそもそとサムの口が動きました。
「え?何って?聞こえないよ、サム。」
フロドは耳まで真っ赤なサムにもう一度聞きました。するとどうでしょう。サムは本当に小さな小さな声でこんなことを答えたのです。
「旦那がずっとしあわせでありますように。」
「ああ、サム!」
フロドはそう言ってサムに抱きつきました。
「嬉しいよ、サム!」
サムはフロドが離れてくれるまで。まるで固まってしまったかのようにその場を動けませんでした。とてもじゃありませんがらぶらぶすぎて見ていられません。誰もいない朝でよかった・・・。
さあ、もうそろそろ帰ると朝ごはんの時間です。サムはこのまま帰ってもいいけれど、ちょっといいことを思いついたのでフロドにこう言いました。
「フロドの旦那、違う道で帰っても?」
「もちろんだとも。」
そうして二人は再び歩きはじめました。サムは昨日温泉卵を外で売っているお店を見つけておいたのです。そのお店は神社からそう離れてはいませんでした。天然の温泉から湧き出る熱いお湯で、一日中温泉卵ができています。それがほしい人は置いてあるかごにお金を入れておけばいいのです。ですから朝早くてもおいしい卵が味わえるのでした。
「わあ、おいしそうだね、サムや。」
フロドもホビットです。おいしいものには目がありません。素手で温泉卵を取ろうとしました。
「おらが取りますだよ!」
サムが言いました。
「おら、昨日ここで食べましたがとても熱かったです。」
「そうなのかい。でもお前は大丈夫なのかい?」
フロドは卵をそっと持ち上げたサムにそう言いました。サムは平気そうに見えます。
「おらは、庭仕事やなんかで丈夫ですだ。それに、旦那のきれーな手をお守りできるならおらの手なんかいくつでもどうなってもいいですだ。」
それを聞いてまたフロドは嬉しく思いました。本当になんてサムはやさしいのでしょう。ええ、ほんとやってられないくらい。
卵を食べ終えた二人は少し暖かくなって、本番の朝ごはんを食べようと宿に戻ろうとしました。しばらくは平和に道は進みました。サムは大体の道を知っていましたし、フロドも昨日近所をぶらぶらしていたので見当は付いていました。しかしそれは霧のでていない昼間のことです。歩いているうちに二人は今自分たちがどの辺りにいるのか分からなくなってしまいました。もうそろそろ宿が見えてきてもいい頃です。
「ここは一体どこだろう・・・」
フロドがぽつりとそう呟きました。サムは困ってしまいました。ここがどこだかどうしても分からないのです。先ほどから一生懸命思い出そうとしているのですがさっぱり分かりません。サムは泣きそうになりながらフロドに言いました。
「・・・分かりませんだ・・・」
サムは本当に悲しそうにそう言いました。サムは後悔していました。サムがこっちへ来ようと言いさえしなければこんなことにはならなかったでしょう。
「おらが・・・おらが道を覚えたなかったせいで旦那をこんな目に・・・」
ここには『皆つらい目にあうとそう思うがどうにもならん。それよりも今自分が何をすべきか考えることじゃ。』と言ってくれるガンダルフはいません。フロドとサムは二人でこの状況を打開しなければなりませんでした。
「お前のせいじゃない。」
フロドはサムにそっとそう言いました。
「でも・・・」
それでもサムはまだ目に涙をいっぱいにためていました。
「ほら、涙をおふき。わたしはお前がいればどこにいたって平気だよ。さあ、元気を出すんだ。」
「だんなぁ・・・」
サムがそう言ってフロドが一歩サムに正面から近づきました。そうして二人はじっと見つめあい、知らない間に引き寄せられていました。そして二人は目をつむり、唇がふれおあうとしたその時です。
「ここは宿の正面玄関ですよ。」
なんとメリーの声がすぐそばから聞こえてきたのです!そうです、二人はぐるっとまわって宿の前にたどり着いていたのです。二人はえ?と声のするほうに顔を向けました。するとぱっと玄関に灯がともりました。そこには腕を組んだ呆れ顔のメリーと両手のひらで目隠しをしながらも指の間からサムとフロドの様子を伺っていたピピンが立っていました。
「おや、きみたちここで何をしてるんだい。」
フロドがいつものようにそらとぼけてそんなことを言いました。
「何を言ってるんです。それはこちらのせりふですよ、いとこさん!」
メリーはもうすでにあきらめの表情になっていました。
「あまりに帰りが遅いので心配してこれから探そうと思っていたんですよ。」
「そうだよフロド!それなのにサムとこんなところにいるんだもの!」
ピピンまでそんなことを言いました。
「はは・・・」
フロドはまいったなぁというように眉を片方あげてみせました。サムはというと、今度は本当に固まってしまって動けませんでした。
「朝食の時間ですよ。」
「分かったよ。さあ、行こう、サム!」
フロドはそう言って歩き出しました。サムもやっと我に返って主人の後を追いかけました。
「待ってくだせえ!フロドの旦那!」
フロドは振り返ってサムに手を差し出しました。そうして二人は手を取り合って宿の中に入っていきました。もうおいしい朝ごはんのにおいが宿の中には漂っていました。よい一日になりそうでした。
おわり
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