The Lookers-on
これはフロドとサムの二人と共に旅をする仲間達の苦労のお話です。
九人の仲間が裂け谷を出発してからまだ数日しか経っていませんでしたが、旅の仲間達はもはやフロドとサムという二人が一緒に旅をしている。ということは即ち、周りにいる者たち全員が相当特種な苦労をしなければならないということを悟り始めていました。
今日もホビットたちによる「おなかがへった!」の大合唱のおかげで昼食をとる時間がやってきました。旅の途中は全てが危険なのですが、食事の時間は特に危険でした。なぜならば、その時にフロドとサム以外の者は気をつけないとざばーっと砂を吐いて死んでしまうからです。つまり・・・わたくしの口からはっきり申し上げるのはいささか気が引けるのですが・・・・その・・・・、食事の時間はサムとフロドのラブラブっぷりが特に目にあまる時間帯なのでした。本人たちはしごく普通に接しているらしいのですが、それがまたとんでもないいちゃつき具合で、見慣れているはずのメリーやピピンまでもが目を合わせまいとしていました。
今日はよく晴れ、カラズラスの峠までもが青空に吸い込まれるようにそびえたって美しく見えていました。今日の食事係はいつものとおりサムと、当番のアラゴルンでした。潅木の枝を拾い集めて火をたき、スープと腸詰などを調理するのです。しかしせっかくアラゴルンとサムが料理を作っているのに、メリーとピピンは作る端から食べていきます。ボロミアまで二人に連れ込まれて食べ始めていました。
「まったく!その手を引っ込めてくだせえ!旦那方!」
サムがたまりかねてそう言いました。いえ、そうサムが言ったのは別に危険でも何でもありません。サムが言わなければアラゴルンが言おうと思ったくらいですので。問題は次の発言です。
「フロドの旦那の分がなくなっちまう!」
思わずそう言ったサムに、すぐ側に座っていたフロドがにっこりとそれはまたきれいに微笑んでサムを見上げました。
「いいよ、サム。わたしはあとでお前と食べるからね。みんなの分を先に作っておあげ。」
フロドがそう言った瞬間です。ガンダルフは『こりゃいかん、また始まるぞ。』と言う顔をしました。
「ああっ!ガンダルフ!それはわたくしの食事ですぞ!」
「気にするな、ボロミアよ〜〜〜」
危機を悟ったガンダルフは、一人逃げるべくボロミアから昼食を奪ってフロドとサムからなるべく離れた岩の上に走り去りました。それを見たギムリもこれから始まるであろうことを察し、まだ生っぽい腸詰を2、3個手で持ってガンダルフを追いかけました。数日にしてこのドワーフは、面倒を避けるならばこの魔法使いの側が一番だと理解していました。レゴラスは何も持たずに、とりあえずギムリの後を追いかけました。しかし3人とも視線はフロドとサムの方へ向けたままです。面倒に巻き込まれるのはお断り、でも見ているだけなら・・・という野次馬根性でいっぱいの3人でした。
では話を元に戻しましょう。こちらは焚き火の側に残された人間二人とホビッツ四人です。逃げたガンダルフを見てしまったと思ったメリーでしたがここで不自然に全員逃げる訳にもいきませんので、ピピンと二人ボロミアに剣を教えてもらうという口実を作る事にしました。その間にもサムとフロドはツッコミどころが多すぎてかえって突っ込めない、歯が浮くような会話を続けていました。
「でも旦那!ほおっておいたらメリー旦那やピピン旦那に全部食べられてしまいますだ!」
「そ・・・」
『そんなことあるか!僕たちだって限度はわきまえているさ!』と言おうとしたピピンの口をメリーが思いっきり塞ぎました。ここで口を出したらこちらの負けです。
「フロドの旦那、旦那は少し食べないと。おら心配ですだ。毎日の旅でどんどん旦那が細くなってくようで。旦那がこのままでは倒れちまうんじゃないかって、おらそれだけが心配で。」
サムが周りを全く気にしない様子で、心底心配そうに言いました。それにこたえるようにフロドも同じく周りの騒ぎには気もとめないでサムをやさしく見つめました。
「何を言ってるんだい、サムや。わたしはこんなに元気だろう?それにちゃんと食べてるよ。第一お前の食事は残すのがもったいないくらいおいしいじゃないか。こんなおいしいものを食べられるなんてわたしは幸せものだといつも思うのだよ。」
そう言ってフロドはまたはんなりと微笑みました。サムの食事がおいしい事は本当です。しかしそこまでするか・・・といったこのようなべた褒めをするのはいつもフロドでした。アラゴルンは二人の世界から完全に追い出されてしまったのでしかたなくパイプ草でもふかすことにしました。恋人のアルウェンとだってこんな会話をした事はありませんが、何も口を出さないことに決めていました。そして目線を遠くに泳がせ何も聞こえないふりをしました。
「旦那ぁ・・・」
「サムや、ほら、そんな顔しないで。さあ私も手伝おう。」
フロドはそう言ってサムの手を取りました。『やばい・・・』メリーはそう思いましたので、そっぽを向いているアラゴルンは置いておいて、早速ボロミアを剣の稽古とかこつけてフロドとサムがいる岩から地面に降りました。ピピンも慌ててメリーの後を追います。ボロミアはメリーに『なにぼーっとしてるんですボロミア!さっさとこっちへ来て下さいよ!』と小声で言われて小突かれ、ピピンに思いっきり引っ張られて岩の下へどっすんと落ちてしまいました。『あ、ボロミアが・・・』アラゴルンはそう思いましたがここで動いてはこれまた不自然だと思ったのでパイプをふかし続けることにしました。
「いいですだ!おらがやります。」
「でもサム・・・」
「旦那は休んでてくだせえ。さっきだって旦那、お辛そうでしただ。」
「でも、お前だって疲れているだろう?」
「いえ、おら全然大丈夫ですだ!まだまだ歩けますだ!ですからフロドの旦那、旦那はそこいらにどうか座っててくだせえ。旦那のサムがおいしいものをお届けにあがるまで。」
そう言ってサムは小さくウインクしました。それを見てフロドはちょっと安心したように片方の眉をあげて笑いました。
「そうだね。お前がそう言うんだったら待たせてもらおうか。メリーにピピンとボロミアさんが何か楽しそうなことをやってるみたいだしね。」
「はい、そうなすってくだせえ。とびっきりのあつあつをすぐにお持ちしますから。」
サムもフロドにつられて丸顔をほころばせました。
・・・・・やってられません。
真面目に剣の相手をし始めたボロミアに、やけくそ気味のメリーと、何も考えていない(ように見える)ピピンは思いっきり剣を振り回しました。
「メリー!今日はやけにつっかかるではないか?ここらで勘弁してくれないかね。わたくしはもう疲れたのだが・・・」
「何言ってるんですか!今やめたらまたフロドとサムの会話に逆戻りですよ!」
「それが何か?」
「まったく!あなた本当に分かってないんですか?フロドとサムのあの会話!見てくださいよほら、こんなにトリハダが・・・」
「僕もさ、メリー!」
メリーとピピンはかわるがわるボロミアにこれ以上二人の世界を聞きたくない現状を訴えました。
「せっかくかれらから離れようとしたのにフロドがこっちを見てるじゃありませんか。今さらやめられませんよ。」
「‥・・・そうか、そうでしたな。」
がっくりとしたボロミアはふらふらする体に鞭打って二人の相手をし続けました。明日は筋肉痛に悩まされそうだと、日ごろ鍛えているはずのボロミアでしたが、そう思いました。
一方ガンダルフ達です。少し遠くへ避難した3人はそれぞれもはや傍観の境地に達して下の様子を観察していました。
「おお、今日も激しいのう。」
ガンダルフがパイプに火をつけながらぼやきました。
「まったくですなぁ、ガンダルフ。」
ギムリも(今日の昼食の量は決して満足とは言えませんが)笑ってそう言いました。
「よく毎日飽きないものだ、あの二人は。われわれエルフは飽き難い種族だと言われるがあの二人には負けるよ。」
レゴラスでさえこんな事を言っていましたが当の本人たちはそれに気がつくわけもありません。そんなことを言っている間に、どうやらフロド用のサムスペシャル昼食が出来上がったようでした。
「さあ、どうぞフロドの旦那。」
サムが自分の皿とフロドの皿を持ってフロドの腰掛けている隣にやって来て座りました。
「ありがとう、サム。わぁ、今日はまたおいしそうなスープだねぇ。」
「ええ、旦那のためにおらが特別お作りしましたから。」
そう言って二人はにっこり笑いあいました。しかしフロドがスープを口に運び入れた瞬間です。
「あつっ!」
フロドはスープの熱さについ皿から手を離してしまいました。
「旦那!!!」
サムはあわてふためきました。旦那が・・・旦那が!サムの頭の中はそれでいっぱいでした。
「旦那!フロドの旦那!大丈夫ですかい!?すまねえです!このまぬけ!サム・ギャムジーがあっついもんを旦那に持たせたばっかに!ああ!どうしよう!」
旅の仲間もこれはフロドが大変だと言う事で今度ばかりはさすがに見ないふりをするのはやめてフロドが火傷などしていないか確かめるために集まってきました。
「大丈夫か!?」
「フロド!」
「痛いところは?」
「水だ!」
サムは半べそをかいていますし周りは大騒ぎです。平和な(?)はずの昼食が一気に修羅場と化しました。
「大丈夫です!皆さん!わたしは平気ですよ。」
フロドがそう言ってスープのかかった袖をめくりましたが火傷はおっていませんでした。ひとまずみんなほっとしました。『よかった・・・』そう思えたのはほんの一瞬のことでした。
「ごめんね、サムや。」
フロドがサムに向かってそう言いました。
「わたしがちゃんと冷まさなかったばっかりに。お前に心配をかけてしまったね。」
「そんな!全部おらが悪いですだ!本当に・・・申し訳なくっておら・・・おら・・・」
「ほら!泣かないで、サム!わたしは大丈夫だから。」
泣きそうなサムにフロドは暖かい瞳を向けて肩に手を置きました。
「今度はこぼさないからもう1杯わたしについでくれないかな?」
「・・・・でも・・・・」
「ね?」
涙であふれそうな茶色い目を間近で覗き込まれて、サムの顔は真っ赤に染まりました。
「・・・・・・はい。」
そう答えるしか、サムにはできませんでした。
そして旅の仲間達が見守る中、サムはもう一杯持ってきてフロドとぴったりくっついて座りました。もはや誰も突っ込む気にもなれません。呆然と見ている他ありませんでした。それでサムがフロドに皿を渡せばまだよかったのですが・・・なんとサムはスプーン(と呼んでいたかどうかは分かりませんが、そういった類のもの)にすくって、ふぅふぅとしてフロドに飲ませたのです!!!!『ああぁ・・・もうだめだ・・・』メリーとボロミア、アラゴルンはがっくりとうなだれ、膝をつきました。ガンダルフは帽子を取って『ええいっ!』と地面にたたきつけました。レゴラスはどかっと座り込み、ギムリとピピンは『うわぁ〜〜!!!!』と叫んで走り去ってしまいました。フロドはやっとその様子に気がついたようです。
「あれ?みなさん、どうしたんですか?」
フロドの素朴な疑問に答えられる程心の広い傍観者はここには一人として存在しませんでした。
おわり
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