Their Heartwarming Time
これは、裂け谷でまだフロドが目を覚ましていない時のメリーとピピンのちょっとしたお話です。
ホビットは小さい身体をもち、きわめて表に出たがらない、平和と静けさと(これはメリーとピピンにはあてはまらないかもしれませんが)豊か大地を愛する種族です。軽い冗談が好きで、心ゆくまで笑って、食べて、飲んで、パイプ草をふかします。それは危険な旅でも、平和なホビット庄での生活でも変わることがないほどにホビットは強く、愛すべき種族です。メリーとピピンはまさにそのホビットを代表するような愉快で楽しく、見ているだけで幸せになれるホビットなのです。そんなかれらの話をしましょう。
フロドの後を追って、残りのホビット3人とアラゴルンは裂け谷に着きました。着いた早々、アラゴルンはふと姿を消し、ガンダルフはエルロンドを難しい話をして眉をひそめ、サムはフロドの看病にかかりっきりになりました。さて、フロドの寝ている部屋からもサムによって追い出されてしまったメリーとピピンはしばらくの間、暇ができました。良く言えば裂け谷を堪能することができ、悪く言えば誰からもほおっておかれていました。エルフたちはこの小さく愉快な限りある命の衆にとんと興味を示さず(指輪所持者のフロドは別として)、いつもどうり歌い、笑いさざめいているだけでした。しかしメリーとピピンにとっては、フロドの事をのぞけば羽をのばして安全に休める(そしていたずらもできる)楽しい休日となったのでした。
二人はこの短いつかの間の休息を(かれらに言わせれば)有効に使いました。どこまで行っても美しいこの谷は、同じ道を通るだけでも、新しい発見がありました。その葉や木々、花々、滝やエルフの住まう館の美しさは、あまりにホビットの質素な生活からかけ離れ、メリーとピピンはそれを言葉にする術を持っていませんでした。しかし、その楽しい時間の間にも、二人の心は常にフロドの容態に向けられていました。
ある木洩れ日の美しい晴れた日のことでした。メリーとピピンはいつものように二人でお気に入りの散歩道を歩いていました。歩きながら時には歌い、時には肩を組んでハミングをし、裂け谷を満喫していました。
ホ、ホ、ホー!その枝をくぐろうよ、
露に濡れたその枝を。
金色の葉のついたその枝を。
風に舞う銀の葉もついたその枝を。
ホ、ホ、ホー!その枝をくぐろうよ、
向こうにきっとある虹を見るために。
虹の向こうにある星を見るために。
星の向こうにある明日を見るために。
ホ、ホ、ホー!
歌い終わると、ふとピピンが立ち止まり、いつにない真剣な顔でメリーを見ました。それにつられてメリーも立ち止まり、ピピンを見てにっこりしました。メリーが笑っても、ピピンはまだじっとメリーの目を見ていました。
「ねえメリー。」
「なんだい?」
ピピンの声が何だかいつもと違うように思いましたが、メリーはいつものようにピピンにそう言いました。
「ぼくがフロドのようにふせっていたら、メリー、きみはサムみたいにぼくを看病してくれるかい?」
「何言ってるんだい?当たり前じゃないか!」
メリーはピピンの言っていることがなんとなく分かるような気がしたのですが、できればこのままいつものように笑って軽く流したいと思いましたのでそう言いました。
「そう、よかった!」
ピピンは間髪いれずそう言ったメリーを見て、一瞬顔を輝かせました。
「でも・・・」
しかしピピンはその笑顔を一瞬で閉じ込め、ちょっとしかめっつらで何か言おうとしました。メリーは、わわっ、と思いました。ピピンはメリーの最も苦手とする話をしたいようだと、メリーは分かりました。どうしたらピピンの気をほかの事に移せるかなぁと考えていたメリーに、ピピンはなんのためらいもなしにこんなことを口にしました。
「ねえ、フロドはサムのこと、好きだっていうだろ?いつもさ。それにサムだって、ぼくら二人でちょっとそそのかせば、旦那が好きですだよ・・・って真っ赤になって言うだろ?二人ともそりゃ嬉しそうにさ!ぼくだってメリー、きみのことが大好きさ!でも・・・」
メリーは顔が火照ってくるのが分かりました。他のホビットをこういったことでからかうのはメリーだってお得意中の得意です。何回サムをからかってやったか分かりません。でも、自分のこととなるとそれは全然、まったく、本当に別ものなのです。メリーはどうしてもその一言が言えませんでした。そしてそれをピピンが悲しく思っていることも知っていました。でも、やはり何も言えませんでした。
「でもメリー、きみは何も言ってくれないじゃないか!」
ピピンが今にも泣きそうな顔をして言いました。
「だからぼく不安になったんだ!メリーはぼくのこと本当に好きなのって。ほんとうにぼくを看病してくれるかなって。」
そう言ってピピンはメリーの首に抱きつきました。
「ねえ!」
ピピンのふわっとした捲き毛がメリーのほほをくすぐりました。ピピンのちいさな涙がメリーの肩にしみこんでいくようでした。
「ああ、ピピン!」
メリーは耐え切れなくなってそう言いました。
「泣かないでおくれよ!ピピン!お願いだから!」
そう言っても、ピピンはひっくひっくと泣きやみませんでした。ピピンを泣かすなんて、メリーには初めての事でした。どうしたらいいか、今度こそ本当に分かりませんでした。ですからぎゅっと、ピピンを抱きしめてやりました。そしてそっとピピンにほおずりしました。それから、そっとピピンの耳元に、それはそれはちいさな声でささやきました。
「僕も君のことが大好きだよ――
・・・・だれよりも、ずっと・・・」
END
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