29・旅の終わり

 

フロドは大気にみなぎるすがすがしい空気を胸いっぱいに吸い込んでいました。どこかから水を渡る歌声が響いていました。いつからか降っていた灰色の雨のとばりは銀色のガラスとなり、フロドはその向こうにある白い岸辺と、遠い緑の地を朝日の下にとうとう見たのでした。

しかしサムは、沈んでゆく夕日と、暮れゆく闇の中、ただじっと港に佇んでいました。そして海を見つめるうち、見えるのはただぽつんと海に浮かんだ点だけとなり、それすらもまもなく海のかなたに消えてゆきました。メリーもピピンも何も言わず、サムはただ岸辺に寄せる波の音と、物悲しいカモメの声に耳を澄ませていました。ふと、どこかから、歌が聞こえてくるようでした。はっとしたサムは、目を閉じ、そして今度目を開けた時には馬首を転じ、二度と後ろを振り返りませんでした。

お願い 泣かないで
わたしの乾いた涙が また零れそうになるから
わたしの旅が やっと終わるのだから 

今までの 大切な思い出を胸に これからの 世界を夢みて
はるか遠い岸辺から わたしを呼ぶ声がする

わたしはここに留まるわけにはいかない
いつの日かまた逢えるのだから
その日までどうか もう 泣かないで

お願い 泣かないで
わたしの閉じ込めた涙が また溢れそうになるから
あなたの中の わたしの思い出を どうか笑顔で終えさせて

この哀しみは もうすぐ去ってゆく
それでも あなたの頬を涙がつたうのを
止められない わたしを許して

この水平線の向こうに いるべき場所が見える
白い砂浜が わたしを呼んでいる
わたしは もう 泣かなくていい
カモメたちは 悲しくて鳴いているのでは ないのだから

海の上に 青白い月が昇る
その光が 灰色の船を照らす
そうしてわたしを わたしのあるべき場所へと 導いてゆく

お願い 泣かないで
わたしの胸の痛みが 留まったままになるから
わたしはあなたを 忘れずにいられるから
あなたとわたしの全てが 終わったわけではないのだから

いつかあなたも聞こえるでしょう
あなたを呼ぶ 白いカモメの声が
あなたをさらう 波の音が
そしてあなたは わたしとまた出会うでしょう

はるかなる西の地で いつの日か
あなたの旅の 終わりの時に
あなたは わたしとまた出会うでしょう

そしてわたしは あなたの腕の中で
今度こそ 永遠の眠りにつくのでしょう
いつの日か 西の地で

 

こうしてサムはホビット庄に帰ってきました。そしていよいよ家路につくと、家の中からかれの帰宅を待っていたローズが出てきました。家の中に入ったサムは椅子に座り、そのひざの上にまだ小さなエラノールをのせました。そしてサムは深い息をつき、眩しい笑顔を浮かべました。
「さあ、戻ってきただよ。」
サムは、微笑んだまま、そう言いました。

  おわり