〜湯浴み・就寝編〜

 

 外で長いこと寝ていたフロドとサムはすっかり冷え切っていました。はじめは腕を組んで歩いていた二人でしたが、身震いしたフロドの肩をサムはそっと抱えてやりました。お屋敷に帰った頃にはもうお腹もすく時間だったのですが、フロドは両肩を震わせながら言いました。
「お風呂が先だ!」
そうフロドが言い終わるが早いか、サムは外のかまどにすっ飛んでいきました。
「すぐ沸かしますだよ!」
そんな声が廊下を伝わって小さく聞こえてきました。
 

 サムは急いで薪を持ってきて、できうる限りの速さで水を汲み、お湯をバスタブ一杯分たっぷり沸かしました。そのおかげでサムは寒いのを忘れてむしろ汗だくでした。
「旦那ぁ!もういい頃合いだと思いますだ!」
「そのようだね。」
ひょいとフロドが湯浴み場に顔を覗かせました。
「ありがとう。さあ、お前もその汗をお流し!」
「でも旦那、おらまだ一つ分しか沸かせてませんだ。」
「知ってるよ。」
サムにはよく意味が分かりませんでした。しかしフロドは平気で続けます。
「一緒に入ればそれでいいだろ?」
「とんでもねえ!」
サムはこれこそびっくりという顔と声でそう言いました。
「おらなんかが入ったら一気に汗臭くなっちまう!後で入りますだよ。どうぞ旦那お入りくだせえ。おらなんか気にしないで。」
「でも・・・」
「でもじゃねえです。いいですかい?おらはもう寒くねえんです。フロドの旦那はまだどっか寒そうに見えますだ。ゆっくり手足をあっためてくだせえ。新しいお湯も沸かしますから。」
サムは恥ずかしいのを隠すように、わざと小さな子どもに言い聞かせるようにそう言いました。この小さくはありませんが一人用のお風呂に一緒に入るなんて、サムがまだフロドの背丈の半分ぐらいの時ならまだしも(その頃はしょっちゅうこんなことがありました。しかしそれはまだ別のお話です。)今ではとても無理です。渋るフロドをなだめて――自分に言い聞かせていたといった方が正しいのでしょうが――サムはフロドを一人で風呂に入れることに成功しました。そしていつものように足し湯のかまど(それは湯浴み場の窓のすぐそばにあります)に陣取りました。

 しばらくするとフロドがしぶしぶ湯浴み場に入ってくる気配がありました。真っ白い湯気がかまどに流れ出てきます。ぽちゃん、とお湯が跳ねる音がしました。フロドが湯船に浸かった音でしょう。湯気と一緒にすうっとする爽快な香りが漂ってきました。サムがバスタブに入れる薬草や様々な花びらの匂いでした。火をまた熾しながらサムは小さなぽたぽた、ぴちょん、というお湯の音を聞いていました。静かな夜でした。どこからか、サムは見たことのない夜鳥の声が聞こえてきます。ほう、ほう、と何かを呼んでいるような鳴き声でした。フロドもサムもその声に耳を傾けました。
「いい晩だね。」
フロドがふうっと満足の溜息をつきながら、湯浴み場からは見えないサムに向かって声をかけました。
「本当に。」
サムも壁の向こうのフロドに向かってそう言いました。サムはふと空を見上げました。そこには今日はずいぶん大きく見える白い月が見えていました。そしてそれに負けないくらいの光を持った強い星々がサムの顔を照らしていました。サムの顔にその光が当たって濃い影ができました。それ以外のサムの顔は白く照らされ、輝いていました。
「今日は本当に楽しかった。」
フロドは静かにそう言いました。
「明日も良い日になりますだ。それにきっといい天気ですだよ。」
サムはにっこり笑ってそう言いました。
 

 こうしてフロドとサムの幸せな一日は終わりを告げようとしていました。どうやら湯上りフロドはドワーフの食べ物をお土産に帰ってきたビルボを見つけたようですし、どこで飲んできたのか、ビールと懐かしい仲間のおかげですっかり上機嫌のビルボはサムのために部屋を用意してくれたようです。たっぷりの夕食に夜食を食べて、ホビットたちはめいめい自分の部屋に引き上げました。
「おやすみなさいまし、フロドの旦那。」
「おやすみ、サム。」
 

「今夜も、良い夢を。」

おわり