〜2回の朝食編〜
フロドが着替えて台所へ行くと、もうそこには朝食の良い香りが漂っていました。しゅんしゅんと重いポットが軽快な音を立てて湯気をふきだしていました。小さな鍋の中には卵が2つぐらぐらと茹だっていました。サムご自慢のパンケーキの焼ける良い香りがします。さらに机にはいろんな種類のジャムに蜂蜜、バタやらチーズが並んでいます。それに昨日のパイまで。フロドは嬉しそうに座りながらまだ火加減を見ているサムに向かって笑いながら言いました。
「おやおや、お前はわたしを太らせて食べてしまうつもりかい?こんなに用意して。」
「そうですだね。旦那はちょいと痩せすぎですだ。」
サムも笑ってそう言いました。
「さて、できましただよ。」
おいしそうな1回目の朝ごはんでした。フロドはスプーンでこんこん、と卵を割り、それからパンケーキにたっぷりとバタに蜂蜜をかけました。サムがポットからフロドのカップにお湯を注ぎ入れると、ほのかな紅茶の香りがふわっとたちました。
「うーん、素晴らしい朝だ!」
フロドはしごく満足そうにその香りを吸い込んでいいました。そして自分のうつわにもお湯を注いだサムに、にっこりと笑いかけました。
「そりゃ良かったですだ。おらも嬉しいですだ。」
サムも笑いました。二人はたっぷりした朝食をゆっくり(そして結局全部を)食べました。そして、そろそろ仕事の始まりです。
サムは朝の食器をきちんと片付け、真っ白なお皿を棚に並べました。フロドはごちそうさま、と言って机に腰掛けてその様子を見ていました。手伝おうかと聞いたのですが、もちろんサムに座っててくだせえと言われ、仕方なく机の上に手をついて、サムの後姿を見ていました。
「何か私にもやらせておくれ。」
今日はフロドがしつこくそう言うので、サムはちょっぴり申し訳ないような顔をして、
「じゃあ窓を開けてくだせえ。お屋敷の空気の入れ替えですだ!今日はいい天気になりますだよ。」
と言いました。
フロドがお屋敷の窓を全部開けて台所に戻ってくると、外から気持ちの良い水音と、小さな鼻歌が聞こえていました。サムが庭の草花に水を撒いているのでした。フロドは今日はやることもなく、本を読む気にもなれず、ぼんやりその様子を見ていました。やっと昇った陽の光がサムの撒いた水にきらきらと反射していました。サムの足元にはいきいきとした緑の草や、白、黄色、ピンクのさまざまな花が育っていました。その中どれもが、サムが一生懸命植え替えたり水をやったりしおれた葉を取ってやったりしている植物たちでした。フロドは自分が幸せものだとしみじみ思いました。こんな素敵な庭を持っている者はホビット庄広しと言えども、自分だけでしょう。それ以上にサムという庭師がいることがなんだかとても嬉しく思えました。もうサムは水をやり終え、花の苗を植える仕事にまわっていました。今度の新しい(幸運な)植物は赤い小さな花をつける苗のようでした。
どれだけそうしていたでしょう。フロドは朝日がだいぶ高く昇り、あんなに沢山食べたのに、またホビットである自分のお腹が何かを食べたいと言っていることに気がつきました。そしてちょっと眉を上げ、サムをちらっと見ました。サムはなにやらりんごの木に手を伸ばし、一生懸命ついた虫を取っているようでした。時間も忘れて仕事をしているサムを見て、フロドはふふっと何かを考えついて笑いました。
おおかたりんごの木についた虫を取り終わると、サムはふと空をみました。するとどうでしょう。いつもの2回目の朝ごはんの時間よりずいぶん経っているではありませんか!サムはしまったと思いました。
「おらが夢中になってたばっかによ、フロドの旦那は2回目の朝ごはんを食べ損ねちまったわけだ!なんちゅうやつだよ、サムワイズ・ギャムジー!お前の腹の虫は何て言ってるよ。」
サムがそう言うと、お腹が小さく鳴りました。するとお屋敷の窓際からくすくすという笑い声が聞こえました。
「お前のお腹の虫も一生懸命に働いていたのだね!サムや。」
サムが土に汚れた顔を上げるとそこにはフロドの楽しそうな顔がありました。
「すまねえです。おら、今用意しますだよ!」
「いいさ、サム!顔と手を洗ってあがっておいで!」
とにかくフロドがそんなふうにいうのでは仕方ありません。サムは申し訳ない顔をして台所へ向かいました。
サムはなんだかおかしいと思いました。さっき自分が片付けたはずなのに、食器が少し机の上に並んでいました。それにお湯も沸いているようです。ぼおっとしてサムがお屋敷の廊下に突っ立っていると、フロドが笑顔で手招きをしました。
「こっちだよ!」
その声に引っ張られるようにサムはフロドの方へ行きました。するとどうでしょう。そこには二人分のお茶と木の実入りのパンケーキ、新しいジャムのつぼ、それに見たこともないような綺麗な砂糖菓子が置いてありました。
「さっき砂糖細工の店のおやじさんが来てこれを置いていったんだよ。サムも一緒にどうかと思って勝手に用意させてもらったよ。」
びっくりしているサムとはうってかわって、フロドはとても楽しそうでした。
「ほら!見てごらん!」
その砂糖菓子は小さなバラの花の形をしていました。赤く染めた薄い砂糖菓子がふんわり重なり、その上にさらに細かいきらきらする砂糖がかかっていました。サムはこんな綺麗な食べ物を見るのは初めてだと思いました。
「おらが食っちまうのはもったいねえです。」
「そんなことないさ!わたしはお前に食べてほしいよ。」
そう言ってフロドはサムを無理やり座らせ、手のひらにそのひとつを置きました。
「ジャムもくれたのさ。パンケーキはビルボの作品だけど。」
そう言いながらフロドはぱくっと砂糖菓子を口にほおりこみました。サムにこうしろと言っているように。サムもおそるおそるそれを口に運びました。そっと手を離すと口の中で花が咲いたようなうっとりする香りが広がりました。そして一瞬後にはとけてなくなってしまいました。
「おいしかったですだ。」
サムは夢見るようにそう言いましたが、自分には合わないと思いました。それを言うと、フロドはちょっと怒ってみせました。
「なんてこと言うんだい、サムや?お前にふさわしくないものなんて何もないよ。お前はわたしの自慢の庭師じゃないか。」
でもそう言いながらフロドは片目をサムに向かってつむって見せました。そしてまたにっこりと笑いました。サムはあまりに嬉しくて恥ずかしかったのでもう一つ砂糖菓子をつまみ、今度は少し乱暴にフロドの口にほおりこみました。ふわっと触れたフロドの唇がサムの指ごとお菓子を食べました。フロドはうっとりと目を閉じてお菓子とサムを味わっていましたが、目の前で真っ赤になってどうしたら良いのか分からなくなっているサムがかわいそうになってそっと口を離しました。
「おいしかったね、サムや。」
美しすぎる笑顔に、サムは返す言葉が何も見つかりませんでした・・・
「散歩・お昼寝編」に続く。
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