Pleasant day

 

これはサムとフロドのある一日のお話です。

〜目覚め編〜

ある朝、まだお日様がホビット庄に顔を出すには少し早い時間のことでした。サムはなぜだか今日は良いことがありそうな気がしてそんな早くに目が覚めてしまいました。サムは思いました。
「おらがこんなに早く目が覚めたっちゅうことはなんか意味があるかもしんねえ。なんでだっけか。それになんだかフロドの旦那に会いたいだよ。」
それはとても唐突な考えでしたが、一度こう考えはじめてしまうと、サムはもうベッドにもぐっていられなくなりました。
「久しぶりにおらがフロドの旦那をお越しするだよ。」
そう思い立ったサムはベッドから飛び起き、急いで服を着替え、うっすら朝靄のかかる小道をお山のお屋敷に向かって歩き出しました。
 

 サムが小さな足音を立てて小道を行くと、その脇に珍しい花がさいていました。それはサムには名前が思い出せませんでしたが、確かビルボの本になってはいませんが、小さな話の中に出てきた花でした。その花は綺麗で可愛らしく、フロドの瞳の色のような美しい花びらを持っていました。
「小せえ頃、花を持ってフロドの旦那をお越しするのが仕事だったっけか。」
そう言ってサムは目を細めてにっこりとしました。サムが一人前の庭師になってからは、この仕事をしたことはありませんでした。フロドももう袋小路屋敷に来てずいぶん長いことになりますし、起してもらわずとも寂しくなくなっていました。サムはそっとその花を摘み、匂いをかいでみました。するとそれは甘くほのかな香りがしました。まるで湯上りのフロドの薫りと、捥いだばかりのりんごの匂いが混じったようなよい香りでした。
 

 サムはお屋敷に着いてドアをコンコン、と小さく叩きました。そして小さく
「サムですだ。」
と言いました。まだ誰も起きてくる気配がありません。サムは思い出しました。昨日ビルボがドワーフと一緒にどこへやら出かけてまだ帰っていないと、夜にフロドが笑いながらこぼしていたのをです。
「そうだ。今日はフロドの旦那しかお屋敷にはおられねえんだ。ビルボ大旦那は出かけるといつ帰ってくるかわかんねえしな。てことはよ、今日はおらとフロドの旦那しかいねえっちゅうこった。おらビルボ大旦那の話は好きだがフロドの旦那といる方がもっと好きだ。」
サムは入り口でこう呟きました。サムはそのことが嬉しくて今日早く起きてしまったのだと気がついてちょっと恥ずかしく思いました。
 

 フロドは今も夢の中を漂っていました。ふわふわと足元が揺れ、隣にはサムがいました。周りの風景はどこかで見たことがあるようで、まるで知らないものでした。フロドもサムも何も話さず、腕を組んで、ただ歩いていました。フロドは夢の中のサムに向かってにっこりと微笑みかけました。
「・・・?」
ふと、フロドは目を開けました。何かの良い匂いがフロドを夢の世界から現実の世界に引き戻しました。しかしフロドが目を開けてもそこにサムがいましたので、フロドはまだ自分が眠っているのだと思いました。
「サムや、いいにおいだねぇ。」
サムはというと、眠っているフロドの顔に一瞬(だけではないのですが)見とれていたのでとっさに反応できませんでした。サムはにっこり笑ったフロドの表情があまりに甘くて、ぽっと赤くなりました。フロドはまだ眠たそうにそっとサムに手を伸ばしました。
「サム。」
自分の手がサムに触れ、そして一度瞬きをすると、フロドはあれ?と思いました。夢の中ではないようなしっかりした感触でした。
「サム?お前かい?」
そこでやっとサムははっと我に返りました。
「サムですだよ。」
そして小さく微笑み、あの花を差し出しました。まだ頬はほんのり赤いままでした。
「おはようサム。ああ、この匂いだったのか。良い香りだね。おや、マロニレールの花じゃないか。わたしのために摘んできてくれたのかい?」
サムは目を細めてこくこくとうなずきました。そしていっそう優しくなったフロドの目が嬉しそうに笑いました。
「ありがとう、サム。」
そしてフロドは起き上がり、サムから花を受けとってあの小さな花びんにそっとさしました。まるで幼い頃を見ているようで、サムは何だか嬉しくなりました。
「懐かしいことをしてくれたね。嬉しいよ、サムや。」
フロドも同じ気持ちのようでした。
「すぐに朝食をお作りしますだよ。」
サムはにっこり笑ってそう言いました。素晴らしい一日のはじまりでした。

「2回の朝食編」続く。