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にげろー!
サムはいつものサムからは想像できないほどうっとりとした表情をして一匹のこいぬを抱き上げていました。その子は少し細身で目は青く、まるでフロドの目のようでした。それでいてまだ何者にも汚されていない純粋な目をしていました。その目でみつめられると、なんだかはがゆいような、でも嬉しいような気持ちになりました。しかしそんなうっとりした時間はほんの数秒で打ち破られてしまいました。
『ゥオゥ!バウバウ!』
突然野原中に響いたその吼え声は、今まで聞いていた甲高いかわいい声ではありませんでした。もっと大きな、もっと凶暴な、そしてもっと聞き馴染んだ恐ろしい鳴き声でした。
「えっ!?」
フロドもサムも思わず抱いていたこいぬを地面に下ろしてばっと立ち上がりました。その声は紛れもないマゴットさんのくいつきの声でした。そして同時にその後ろの方からマゴットさんその人自身の声も聞こえてきました。フロドとサムはくいつきの声だけで十分に震え上がっていましたが、メリーとピピンは平気なものでした。だって今日は何も追いかけられるような悪いことをした覚えはありませんし、犬だってそんなに怖くありません。なによりマゴットさんとは顔見知りです。ですから犬の声に慌てて立ち上がったふたりをみてにやにや笑っているだけでした。しかし、それだけではすまなかったのでした。
「こーらー!まーたお前らかー!」
遠くで小さくマゴットさんの声が聞こえます。いつもいたずらをしたその時のような怒鳴り声でした。
「?」
メリーとピピンは顔をあわせて首をかしげました。しかし次のマゴットさんの言葉とくいつきのかなり真剣な吼え方で、4人はまず一つを悟ることになったのでした。
『ゥォウ!ウォゥ!』
「こらー!お前らー!ここで何をやっとるかー!それにわしのくいつきのこどもたちに何をする気だー!!!」
「えっ!」
フロドとサムはもう十分青ざめていた顔をさらに白くしてはっと目をあわせました。ということは、今までだっこしていた白い犬はあの恐ろしいくいつきの子供だったのです!
「どうしましょう旦那ぁっ!」
サムがすごい勢いでうろたえてそう言いました。
「どうって、どうって・・・どうしようサム!」
しかしこれくらいのことはマゴットさんも許してくれるでしょう。危害を加えているわけではありませんし、むしろかわいがっていたのですから。しかし次の言葉で4人は完全に今の状況を把握できてしまいました。
「わしの大事な薬草畑を荒らしたな!!」
そうです。その真っ白な花畑はマゴットさんの畑なのでした。
「にげろー!」
誰からともなくそんな声が発せられました。それからはもう、走って走って走りまくって、ただただ逃げるだけでした。いつもならちょっと遅れ気味のサムも、必死の形相でフロドの後を追いかけました。
続く。
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