ナマリエ

 

 これは、レゴラスとギムリだけの旅の、小さなお話です。

 

「ナマリエ」
「え?」
びっくりしたように、ギムリのずいぶん前を歩いていたレゴラスが振り向きました。そこは緑のあふれる草原の真っ只中でした。空には青、足元には緑、そして歌を口ずさむエルフの後ろには、頑強なドワーフが一人。
「どうしたんだい、ギムリの旦那。突然そんな事を言うなんて。」
「いや、別に何という意味はないよ。ただ・・・」
「ただ、なんだい?」
表情を隠すように少しうつむいたギムリに、レゴラスは嬉しそうに歩みを止めることなく問いかけました。もう、その答えは分かっているというように。
「良い言葉だ、と思ったんだ。」
「え?」
レゴラスは自分が間違っていた事に気がつきました。いつだって、ギムリは新鮮な驚きをレゴラスに与えてくれていたのです。それは種族が違う、生きてきた時が違うというだけでは説明がつかないほどに多くのものをレゴラスにくれるのです。
「わたしはね、レゴラス旦那。」
うつむいた顔をあげて、今度はギムリが嬉しそうに言いました。まるで子供のエルフのように目を輝かせて。
「奥方様に会うまで、エルフの言葉なんて、歌うようで本当の事をちっとも聞かせていないじゃないかと思っていた。着飾りすぎて、それなのに軽すぎて、だから逆に重い言葉のようだと。」
少しだけ傷ついたように、レゴラスはギムリを見ました。
「そうなのかい?わたしも、君たちの言葉は少し理解が難しかったんだよ。硬くて、どこかに閉じこもってしまって鍵もない箱の中の言葉のように。」
「ああ、そうだろうね。」
するとレゴラスには、ギムリが少しだけ微笑んだような気がしました。ギムリの言葉が、とても穏やかだったからです。
「わたしたちの言葉は、きっと本当に重いんだ。硬いし、エルフには似合わない。美しくもない。でも、わたしは分かったんだ。エルフの言葉が、美しいって。」
そうギムリが言った途端、レゴラスは太陽のような笑みを見せました。
「奥方様の言葉が、あまりに美しくて、わたしはすっかりそのとりこになってしまったよ。だから口にした。なぜだか分からないけれどね、今、言いたかったんだ。それも、他でもない君に向かって。」
レゴラスは、今度こそ本当に驚いて目を見開きました。そして思わず立ち止まり、ギムリが自分のところまで歩いてくるのを待ちました。そしてその友の肩にそっと片手を置きました。そこには、確かに自分とは違うけれど、それでも紛れもない温かさがありました。そしてレゴラスは思いました。本当のギムリの心の中など、こんな短い時間で分かるものではないのだと。こんな短いドワーフの生きている時間の中で。移り変わるドワーフの時の中で。でも、だからこそレゴラスは今、口に出そうと思ったのでした。ギムリと同じように、同じ言葉を。心からの言葉を。
「わたしもだよ、ギムリ。一緒にいてくれて、本当に、ありがとう。」

 

おわり