11・モリアの坑道
ガンダルフが先頭で、ギムリがその後に続きました。そしてフロドの後にはサムが従いました。モリアの坑道は、山に暮らすギムリにとっても想像を絶するほど広大で入り組んでいました。ですからガンダルフの記憶に頼るしかここを抜ける術はありませんでした。いくつもの階段を通り、いくつもの裂け目を飛び越えました。トンネルやアーチや穴は途方に暮れるほどの数があり、とても記憶できるものではないにもかかわらず、ガンダルフはどんどん進んでいきました。誰も口を開くものはおらず、深い不安が恐怖へと変わり、フロドは身内がぞくぞくしました。フロドは自分がガンダルフを除く他のみんなよりも感覚が鋭くなっている事を知っていました。後ろから何者かがついてくる音が聞こえます。胸にさげた指輪はしばしばとても重く感じられました。そして、行く手に待ち受ける禍と、後ろから追って来る禍の両方を確かなものに感じました。しかし何も言わずただつらぬき丸の柄をぐっと握り締めて歩いていきました。
アーチが3つあり、道が分かれている箇所に着きました。しかしガンダルフはこの場所に記憶がないと言いました。一行はまた立ち止まらなければなりませんでした。フロドは先ほどから気になっている追跡者の事をガンダルフに尋ねてみました。ゴラム、ビルボが殺さなかった生き物でした。ガンダルフはそれにも意味があると言いましたが、フロドにはまだその意味が分かりませんでした。
「こんなものが私のところへ来なければ良かったのに。」
フロドはそう呟きました。その顔は苦悩に満ちていました。
「辛い目に遭ったときは誰でもそう思うものなのじゃ。しかしフロドよ、それがお前さん に与えられた道なんじゃよ。この世界では運命以外になんらかの意志が働く事もある。ビルボはゴラムを殺さなかった。それにも意味があるじゃろう。そして今お前さんが指輪を持っている、それにも意味があるじゃろう。」
ガンダルフは諭すようにそう言いました。フロドの顔は晴れませんでしたが、その言葉を胸の奥にしっかりとしまいました。
「おお、この道じゃ!」
急に笑ったガンダルフがそう言いました。
アーチを抜けるとそこはドワーフの地下の大宮殿、ドワローデルフでした。明かりこそついてはいませんでしたが、そこは紛れもなくドワーフが他の種族に誇るべき美しさを備えもっていました。
「こりゃたまげた。おらこんなすごいもん、初めて見たように思いますだ。」
サムは思わずそう口に出していました。しかしその感動も長くは続きませんでした。ギムリが次に見つけたものはバーリンの墓でした。ギムリはいとこの死を悲しみ、墓の前に膝をついて悲しみました。ガンダルフは屍になったドワーフの手につかまれていた本を読みました。『もう逃げられない、やつらが来る』と、そこには書かれていました。一同がバーリンの死を悼みんでいると、突然大きな音を立てて兜が井戸の中に落ちました。がらんがらんと大きな音を立てて、どこまでもどこまでも落ちていきました。その張本人はピピンでした。
「このばかトゥックが!今度はお前が落ちるがいい!」
突然、地下深くから太鼓が打ち鳴らされる音が聞こえてきました。フロドのつらぬき丸が青く光っていました。オークでした。
ドアを閉め、9人は向かってくる敵と戦う用意をわずかな時間でしました。オークはトロルまで連れて来ていました。アラゴルンとレゴラスの弓矢にもかかわらず、オークたちはバーリンの眠るこの部屋になだれ込んできました。その場にいた全員が戦いに参加しています。もちろんホビットたちもです。サムは勇敢にもフロドを守ろうと、トロルに飛び掛っていきましたが足の下をくぐりぬけただけでした。フロドはサムもいなくなり、自分にかかってくる敵があまりにも多いので壁の方へ逃げる格好となりました。サムはフロドの方へ行こうとフライパンを使って奮闘しています。
「おら、だんだんコツがつかめてきただ。」
サムがそう言った瞬間でした。トロルがフロドを見つけて他のホビットたちにわきめもふらず襲い掛かってきたのです!フロドは必死に逃げますが、トロルは執拗に追いかけます。フロドがトロルの手を切りつけました。それでもトロルは向かってきます。アラゴルンに助けを呼びましたが、アラゴルンは壁にたたきつけられて気を失ってしまったようで、フロドが必死にゆすり起こしても反応がありませんでした。サムが周りのオークを片付けてフロドの方へ向き直った時でした。フロドはトロルの鋭い槍の一突きで呻き声をあげて倒れてしまったのです!サムは叫び声をあげて、槍の柄めがけて切りつけ、とうとうたたき切ってしまいました。サムは主人が串刺しになって死んでしまったと思いました。サムは自分が泣きながら戦っている事に気がつきました。喪失感と虚しさだけがサムの心の中に残っていたのです。
泣きながらサムはフロドに駆け寄り周りのオークを切り付け遠ざけ、フロドの頭を抱えました。するとどうでしょう!
「・・・サム。」
フロドがうっすらと目を開き、サムの名を呼んだではありませんか!
「旦那が生きてる!」
サムは嬉しさのあまり飛び上がりそうになりました。
「わたしは大丈夫だよ、サム。傷一つ受けてないと思うよ。打身のところがいたみはするがね。それもたいしたことないようだ。」
フロドはそう言いました。サムに抱きかかえられ、それでも息をするだけで痛みはしましたが、安心させるようにそっと微笑みました。
「わたしはてっきり死んでしまったと思っていた。」
みんなは口々にそう言い合いました。フロドの少し裂かれたシャツの中に、きらきら光るものが見えました。ミスリルの胴着、王者の贈り物と言われるモリア銀で出来た鎖帷子でした。サムはそのあまりの美しさに、フロドを支えていない方の手でそっとフロドの胸の辺りのミスリルを触ってみました。その滑らかな感触とともに、サムの手にフロドの体温が伝わってきました。フロドは生きていたのです。嬉しさでサムの心はいっぱいになりました。
だいぶ数が減ったオークたちですが、まだ次の太鼓の音が聞こえてきました。バーリンの墓の側から立ち去りかねていたギムリをレゴラスがむりやり引っ張っていき、アラゴルンはフロドをかかえて扉の外へ出ようとしました。
「わたしは大丈夫です。歩けます。降ろしてください!」
フロドが喘ぎながら言いました。アラゴルンは驚きましたが、フロドをおろし、サムの腕にゆだねて走り出しました。フロドはサムの元にいるのが一番安心しているようでしたし、サムもフロドの様子をいたく気にしていたようなので、アラゴルンは何も言いませんでした。一同は広間に出て一気に走りぬけようとしました。フロドは喘ぎながら、両腕でかれを抱えるようにしているサムによりかかっていました。天井から、柱の影から、暗い壁から、もはや数え切れないほどのオークたちが9人に向かって押し寄せてきました。そして瞬く間にオークたちに取り囲まれてしまいました。覚悟を決めて、一行が剣や弓をかまえたその時です、オークたちの様子が急におかしくなりました。
「何が起こっただ?」
サムは潮のように引いていくオークの大群を見ながら呟きました。
「分からない。」
フロドも目を見開いたままそう答えました。ガンダルフが一度目を閉じて、それに答えたのでした。
「バルログじゃ。太古よりこの地に住む悪鬼、バルログ。もはやお前たちの手には負えん。逃げろ!」
言うが早いかガンダルフと残りの8人はカザド=ドゥムの橋に向かって走り出しました。この橋を渡れば出口はもうそこでした。外に出さえすれば、昼間の光の中をモリアのオークたちは追って来る事が出来ません。橋にたどり着く細い階段は途中で崩れてしまいました。レゴラスとガンダルフが飛び移り、メリーとピピンはボロミアに投げられました。サムもアラゴルンに投げられましたがギムリは一人で飛び移りました。ギムリは少々不本意に、レゴラスにちょっとひげを引っ張って手伝ってもらいましたがどうにか渡ることができました。残るはアラゴルンとフロドです。サムは向こう岸に取り残されたフロドを見て叫びました。
「フロドの旦那!」
サムはどうして自分の方が先に渡ってしまったのだろうかと悔やみました。フロドはぐらぐらと揺れる足場の上で恐怖に引きつった顔をしています。
「前へ!」
アラゴルンが言ったその時、足場はサムたちのほうへぐらっと傾き、フロドとアラゴルンは思い切って飛び移りました。フロドはサムの腕の中に飛び込みました。こうして全員無事に渡ることができたのでした!フロドとサムは顔を見合わせて微笑む暇もなく、走り出しました。これでフロドは一体何回サムの腕に助けられたことでしょう。フロドは走りながらサムの横顔を見つめていました。フロドはこの危険な旅にサムがいてくれた事をこんな状況でさえ、嬉しいと思っていました。
「カザド=ドゥムの橋」に続く。 |