27・物語の中の物語

 

 フロドとサムは、木々の間を歩いていました。放たれたかれらはオスギリアスから離れ、ひとまず十字路へと引き返してゆきました。離れ行く過去の遺跡は炎上をやめ、今はただ風だけが通り過ぎてゆくのでした。

「ねえ、旦那。」
フロドの後から、さっきから黙ったまま歩いていたサムが話し掛けました。
「おら、さっきの物語を考えてました。」
「何のことだい、サム?」
フロドがちょっと目だけでサムを振り返って見ました。
「おらが言いたいのはこういうことですだ。おらたちが、歌やお話の中に入れてもらえることがあるかってことです。そしたらみんな、こう言うでしょうよ。『ねえ、フロドと指輪の話を聞かせて』よってね。それからこう言いますだよ。『うん、それはおらの一番好きな話だよ。フロドって、ほんとうに勇敢だったんだよね、父ちゃん。』『そうとも、ホビットの中で一番有名なんだよ。それはとってもすごいことなんだ。』」
サムははじめ、ちょっと微笑んでいましたが、今はむしろ真剣でした。その目は遥か遠くを見つめ、まるでその場にいるような口調でした。フロドも、限りない優しい目で微笑んで言いました。
「おやおや、サム!」
そう言ってフロドは笑いました。それは澄んだ、心の底からの笑い声でした。
「お前の話はわたしたちがもう、その物語の中にいるような感じがするね。でもお前はもうひとり大事な登場人物を忘れてるよ。剛毅の士サムワイズをね。『父ちゃん、サムのことをもっと話しておくれよう。』」
そこでフロドはふと立ち止まり、身体ごとサムの方を向きました。サムが数歩歩いて、フロドに近づきました。その茶色いきれいな目を見つめ、フロドは楽しそうに、しかし真摯な瞳で言葉を続けました。
「もっとサムのことを話しておくれよう。サムが好きなんだよう。フロドだって、サムがいなきゃ、遠くまで行かなかったんじゃないの?・・・サムがいなかったら。」
「さあさあ、フロドの旦那、からかわないでくださいよ。おら、まじめなんですから。」
サムは少しどぎまぎし、それでもフロドの笑顔とその眼差しをとらえたままそう言いました。するとフロドは、そっと真剣な視線をやわらげ、本当に幸せそうに微笑みました。それはどんな花にも負けない強く美しく、清らかな笑顔でした。
「わたしだってそうだよ。」
そしてくるりと進むべき方向へ身体を向けなおし、また歩き始めました。後ろから、小さな夢見ごこちの声がしました。
「剛毅の士サムワイズ・・・か。」
サムはよいしょっと荷物を担ぎなおしました。口から出た言葉がそのままの形で勇気となって、サムの背を押したようでした。サムの声が、乾ききった砂の上に垂れる水滴のように、フロドの心にすうっとしみこんでゆきました。そしてフロドは微笑みました。もう、旅に出てからずっと見せた事のないきれいな微笑みでした。誰も見たことのない、フロドの本当の喜びの表情でした。こんなところに幸せがあったことに気が付いた、そんな風に口元も笑っていました。フロドは仲間と離れて長い時間が経った今、やっと救われたのでした。

「不吉な旅立ち」に続く。