11・黒門

 

 ゴラムの後を追ってフロドとサムは歩き続けました。フロドはモルドールの門に近づくにつれて、指輪が今までとは比べ物にならないほど重くなっているのを感じていました。いまやそれは地面を引きずるほどの重みとなって感じられたのです。しかしフロドの本当に怖れたものはそれではありませんでした。それはあの「目」でした。その目は巨大な力で水、大地、血、肉全てを見通し、フロドの薄いヴェールで包まれた脆い希望を突き通そうとしていました。その意思は死ぬほど恐ろしい沈黙と凝視のもとにフロドを置き、悪と死にフロドを釘付けにしようとしていました。フロドはもはや、かの敵意に満ちた意思をもったものがどこにいるのかはっきりと感じ取ることができていました。

道中、サムは心に募る不安がありました。フロドがとても疲れて見えたのです。それはもうはっきりと普通ではない疲れ方でした。それなのにフロドはほとんど何も言いませんでした。疲労を訴えることもなければ足を止めることもありませんでした。しかし引きずるようにしたその歩調はだんだんと遅れがちになり、重荷を負う人のようでした。サムはフロドを自分の前に歩かせ、その一歩一歩に目を配り、フロドがよろめけばそれを助け、また口下手な言葉でかれを元気付けようとするのでした。

「あれがモルドールの黒門だよう!」
ゴラムがそう言ったのは、少し小高くなった岩や鉱物の山の上でした。気のせいでしょうか、空気が荒く咽喉を刺し、つんとする臭いで満ちているように感じられました。フロドはぞくっとして辺りを見渡しました。エミン・ムイルの岩山も、死者の沼地もとても耐えられない恐ろしいところでした。しかしこの先はそれより遥かに忌まわしいところなのでした。死者の沼にも春が訪れ、朝日が差し込むでしょう。しかしここには季節は巡りません。生きたものもなく、死者を養分に育つ植物もありません。ここにあるのは骨のような岩と、汚染された土と、毒のような水のみでした。そうです、ここには死しかないのです。いつしかフロドが踊る小馬亭で聞いたあの声が言ったように。全てが空に帰して、大地が海に戻るまで、ここは癒されることのない病んだ地なのでした。
「おら、胸がむかむかしますだ。」
サムはそう言いましたがフロドはしばらく黙っていました。そうして一同はしばらくその地に立って黒門を見つめていました。それは数え切れないほど多くの卑しき生き物に守られ、牙のような黒い塔がその脇をかためていました。門は真っ黒い棘のようなもので武装され、入れそうな隙間などどこにもありませんでした。それどころか、門まで続く荒廃した地には身を隠せるような岩も何もなく、見張りは遠くまで監視しているようでした。壁のように立ちはだかるその門に、とてもたどり着けるとは思えませんでした。
「やれやれ、とっつぁんが今のおらを見たらひとことふたこと言うのは間違いなしだ。『外に自分も見ずに出てくんなら、ろくな死にざませんぞ。』とな。それから『そらみろ、いったこっちゃねえ。』ってな。そうおらに言う機会はねえだろうがよ。」
サムがぶつぶつとそんなことを言っている横で、ゴラムがフロドに向かって言いました。
「旦那は言ったよ、わしらに黒門に案内しろってよ。だからいいスメアゴル、案内したよ、ねえホビットさん。」
フロドに自分の昔の名を言われて以来、スメアゴルは自分のことを「わしら」と言ったり「スメアゴル」と言ったりするようになりました。それはサムに言わせればどうってことのないことでしたが、フロドには何か気になる変化なのでした。
「そうだ、わたしは確かにそう言った。」
しかしそこからどうすることもできないでいました。
 

「おらにはいつまでも行き着けないように見えますだ・・・。」
サムがそう呟いた時でした。フロドたちのいる下の後方で耳に障る角笛の音が響き渡りました。ばっと反射的に身を隠した三人は、そっとかろうじてまだある岩陰からその方角を見ました。不思議な集団でした。邪悪で残忍な東夷の人間たちでした。彼等はモルドールの大いなる力に惹きつけられて集まってきたのでした。門から背筋のぞっとするような笛の音が答えるように灰色の野に響きました。
「見てくだせえ!門が開きますだ!」
ぴったりと閉じられた壁が二つに割れて門が開いたのでした。誤っても美しいとは言えない銅鑼声で掛け声が続き、金属と砂利のこすれる音が辺りに充満しました。もしかしたらこの期に乗じて入れるかもしれません。いや、この期を逃したらもう二度と入れないかもしれません。サムはどうにかしてそちらへ降りようと道を探しました。ここでまたエミン・ムイルの二の舞はごめんです。平たい丈夫そうな岩の上から身を乗り出してサムは下を除いてみました。すると、降りやすいとは言えませんが、どうにか降りられるようなところがあることに気がつきました。
「ここから降りられますだ。」
そう言ってサムがもう少し身を乗り出した瞬間でした。
「いけない、サム!」
フロドがそう言ってサムに手を伸ばしかけましたが、今度は届きませんでした。フロドが止める間もなく、サムは岩ごと下の砂利道に落ちてしまいました。
「サム!」
フロドはそう叫んでサムの後を追いました。それがいくら危険な行為だと分かっていてもです。ゴラムは
「旦那ぁ!」
とびっくりしましたが、とても追いかける勇気はありませんでした。

「エルフのマント」に続く。