花壇

 

 メリーもピピンもむにゃむにゃと気持ちよさそうに寝ているので、フロドは仕方なく窓辺に椅子を持っていってサムの様子を見ようと思いました。椅子を居心地のいい角度に置き、やわらかい朝日を頬に感じられるところに肘をつき、フロドは外を優雅な仕草で見ました。フロドは意識してやっているわけではありません。しかしその仕草はいつも綺麗で洗練されているのでした。それは幼い頃なくした両親のしつけのおかげなのか、ビルボのおかげなのか分かりませんが、少なくともフロドはそういうことが自然にできるホビットなのでした。

さて、サムはいつ旦那が呼んでもすぐに駆けつけられるように窓の近くの花壇を手入れしていました。とっつぁんから正式にここの庭師を継いでから、このお屋敷の庭はサムのものと言ってもよいくらいになっていました。すみずみまで行き届いた手入れはホビット庄中の庭師の見本のようなものでしたし、完璧に計算された季節ごとの彩りは多少なりとも庭というものを持つホビットの憧れのまとでした。サムはそれを自分の感覚と経験だけで創りあげているのでした。しかもフロドの好みに合うように。サムは自分では気がついていませんでしたが。サムは自分の好きなように庭を手入れしていました。そりゃあフロドが気持ちよく眺められることは大前提でしたが、毎日自分で手入れするものですから自然と自分の好きな庭になってゆくのでした。しかしそれは決まって、まさにフロドの望んだような庭になるのでした。フロドが「ああ、今度の春にはこんな色の花が見たいな。」と思っていると、いつの間にかサムがその色の花を植えていました。フロドが「あそこには背の高い草を生やしたいな。」と思っていると、いつの間にかそこには背の高い美しい草が生えているのでした。つまり、サムは幼い頃から自分のうちよりもむしろ袋小路屋敷に入り浸っていましたので、もろにフロドの好みに影響されてきたのです。フロド好みのホビットに育ったと言っても過言ではないような気がします。

そんなことはさておき、今日もフロドは楽しくサムの様子を見つめていました。今日植えているのはとても良い香りのする、ガンダルフの帽子のような形の大きく白い花でした。風がサムの庭をふうわりとなでるたびに、その香りが窓辺まで届きました。フロドはその香りと、土の匂いが大好きなのでした。

ようやくその植え替えが終わり、サムの庭での仕事もひと段落つくところでした。その頃には太陽も随分高く上り多少暑いほどの陽気になりました。サムはふうっと額に浮かんだ小さな汗をぬぐい、窓辺のフロドににっこり笑いかけました。フロドほどではありませんが。それはもう見てる方が頬をあかく染めたくなるような、愛らしい微笑みでした。
「旦那、この匂いはお気に召しました?」
「もちろんだとも、サム!よく覚えていてくれたね。嬉しいよ。」
「ええ、そう言っていただけりゃ、おらも苗を探してきたかいがあるってもんですだ。」
そうしてふたりは微笑みあいました。
 

「まったく・・・朝っぱらからいいかげんにしてくれませんかねぇ。」
フロドとサムのふたりの世界を遠慮も何もなく壊す声がフロドの背後から聞こえてきました。フロドが今はじめて気がつくと、そこにはメリーとピピンが腰に手をあてて立っていました。
「僕たちがいつまでも寝てると思ったら大間違いですよ、いとこさん。」
メリーがふんっと鼻息も荒くそう言いました。フロドには何が気に食わなかったのかよく分かりませんでしたが、メリーはフロドをサムだけに独り占めさせておくのがどうしても嫌なようでした。
「それにね、フロド!」
ピピンがその後で楽しそうに言いました。
「さっきからとってもいいにおいがするんだもの。またサムのご自慢の花かな?僕の庭にも分けておくれよ。」
「駄目だよピピン!」
幼い親戚には大体甘いフロドが珍しくピピンにそう言いました。
「これはわたしの庭の香りだよ。サムが探してきてくれたんだ。そう簡単にはあげられない。」
そう言って、フロドは窓を塞ぐようにふたりの前に立ちはだかりました。それはなんだかおかしな光景でした。いい大人が小さな花のことでむきになっているなんて。サムは小さな笑いがこみ上げてきました。それと一緒に、小さな優越感と、小さなしあわせも感じていました。
「まったく、こういうところがまだ子供なんですよ、フロド。」
メリーが諦めたように言いました。フロドは何も言わずにぷうっとふくれていました。それがあまりにかわいらしくて面白く、気持ちの良い部屋と庭には、笑いに包まれました。そしてサムはパイプはまだのようだと思い、次の仕事をするためにその場を一旦立ち去りました。

続く