18・じゅう

 

「フロドの旦那?」
サムは急に心配事が胸に押し寄せてきました。フロドがサムに何も言わずに立ち去るのは、あまり良くない兆候だと思いました。もしふらふらと、フロドが指輪の力に引きずられていったのなら、このくさいのやこそつきと一緒にいるよりずっと危険です。サムにはそれが分かっていました。指輪はいつフロドを裏切って、イシルドゥアのように死に導くか分かりません。サムは一瞬で青くなり、火をかけたままフロドを必死になって探しました。ああ、この時火さえ消していれば!サムは新たなる出会いが結局は良きものに終わるまで、ずっとそのことを悔いていました。
「旦那!旦那!」
サムはすぐに茂みの側で身を低くしているフロドを見つけることができました。ほっとしたサムは、やっと周りの状況が普通でないことに気がつきました。フロドが身を伏せている場所のすぐ先は崖になり、その下にはなんとたくさんの人間たちがいたのでした。しかしかれらは今までフロドたちが見た人間とはまた違った様子をしていました。強いて言えば、思い出したくもない黒門の側を通りかかった人間のように残虐な目の光を宿していました。その人間たちより変わったこともいくつかありました。金と赤で統一されたような格好をしていました。髪は黒く縮れ、身体のあらゆるところに武器と言う武器全てを纏っていました。
「ありゃなんですかい?」
サムはその様子を見ようとしましたが、ここでぼおっと立って、ただ見つかるのはまずいと悟り、フロドのすぐ傍らに同じように伏せました。サムは今まであまりに必死でゴラムのことを考えていなかったのですが、ゴラムもついてきていたのでした。そしてそれもフロドの(サムのいない側の)わきに同じように伏せました。しかしその目は確かにサムやフロドよりも何かを知っているようでした。
「わるいやつらよ、わるいやつよ。あいつの召使よ。あいつに呼ばれていくのよ、そうよ、モルドールによ。全部の軍隊を呼んでるのよ。呼んでるよ、そうよ、集めてるのよ、そう遠くないね、すぐよ、あいつすぐわるいやつら集めるよ。」
「何がすぐなんだよ?」
サムはゴラムの何かを恐れて呟く声を聞いて、ついそう聞いてしまいました。かと言ってゴクリの言う事をまったく信じているわけではありませんでした。しかし最近のゴラムは「こそつき」のようなので、もしかしたら少しは気を許していたのかもしれません。
「戦いよ、そうよ、戦争よ。どっかもぜーんぶ暗くなる戦いの準備よ。ぜーんぶ影になるよ、そうよ、世界がよ。最後の戦いよ、最後の。」
その声には真実味が宿っていました。しかし考えなければならないことも確かでした。なぜゴラムがこれほど知っているのかと言う事を。これほど知っておきながら放たれたとすれば、一体いつそちらに向かうか分からないと言う事です。サムがそんな考えで頭をひねっている横で、フロドは一瞬身震いしたようでした。

 フロドは何かの視線を感じました。先ほどの何かは、今見ている人間たちの音や気配ではありませんでした。そこまではとても遠く、目の良いホビットだとしても、顔も視線もそれほどはっきり感じられません。もっと強い何かでした。フロドはさっとサムの方を向きました。
「ここを離れた方がいい。さあ、おいでサム!」
「ちょっと待ってくだせえ、旦那!」
しかし驚いたことに、そのフロドの腕を、サムがいきなり掴んで引きとめたのでした。サムの視線は大きく揺れた高い木の梢をみつめていました。
「フロドの旦那!」
サムの声は恐怖も忘れたかのように興奮に満ちていました。
「じゅうですだ!旦那、見てくだせえ!じゅうですだよ!」
そうです。それはムーマク、オリファント、その他様々な呼び方で呼ばれる小山ほどもある生き物でした。金や緋の布やなにかで作られた家のような囲いがその背中にあり、そこには下を歩いている人間と同じ人間たちが何人も乗っていました。その足音は地を揺るがし、その背はフロドたちがいる崖より高いのでした。それに歩くたびに揺れる鼻と耳!風が起き、砂埃がまいあがりました。サムはそれをじゅうと呼んでいました。ホビット庄の歌物語に出てくるとおりにです。しかしホビットたちはエルフ以上にそんなものを信じていませんし、いつもサムはばかにされたものでした。
「やっぱりじゅうはいるんだ・・・」
サムはほとんど夢見ごこちで呟きました。フロドはそれを見てにっこりとしました。なんだかホビット庄で、幼いサムを見ているような気がしたのです。まわりのみんなから「またはじまった」という顔をされ、フロドに助けを求めていたあの顔がです。「旦那ぁ、ほんとですだよね?」と。
「誰も信じちゃくれねえだろうな。でもおら今、確かに見てるだよ。」
フロドはサムを見ていた顔をふと返してゴラムを見ました。するとどうしたのでしょう。ゴラムがいませんでした。
「スメアゴル?」

「ゴンドリアン」に続く。