In The Spring 2

「はぁ・・・。」
サムはみんなに負けないほど大げさにため息をつきました。
「まったく、あの人たちは何を考えてるだ・・・。せっかく時間かけて掘ったもんなのに。もう少し入ってりゃいいもんだ。もう温泉なんてこれから先お目にかかれるとは思えねえのに・・・」
サムがそう言ったその時でした。
「そうだね、サムや。」
草むらからなんと先ほど帰っていったと思われているフロドがくすくす笑いながら出てきたのです!しかもさっきの格好のままでした。肌着だけで寒くないのでしょうか!サムはこれまでで一番びっくりしたと思いました。
「フ・・・フロドの旦那ぁ?!」
余りにびっくりしたのでサムはお湯の中から急に立ち上がろうとしました。ところが声はひっくり返っていますし、目の前が急に明るくなって、足元の感覚がなくなり・・・とうとうサムはばっしゃーんと大きな音を立てて温泉の中にまぬけにも倒れてしまいました。
「サム!?」
もっとびっくりしたのはフロドのほうでした。サムがまさか倒れるとは思ってもみませんでした。フロドは温泉の中へ服もそのままで飛び込んでサムを岩の上まで引っ張り上げました。フロドの体力とサムの体重を考えると大変な作業だったのですが、必死のフロドにはそんなこと考えている余裕はありませんでした。
「サム!サム!」
フロドは自分の多少冷たくなった手をサムの頬やら額やらにぴたぴたと当ててサムの名前を呼び続けました。フロドはサムを驚かせたことをひどく後悔しました。
 

 そのころ、ギムリ達がいるところまで戻った仲間たちも大騒ぎしていました。フロドがいないのです!温泉組はフロドがこっちへ戻ったと言いますし、ギムリとなぜかすでに髭の乾いた(『おおかた魔法の無駄づかいでもしたのだろう』と察しのいいメリーは思いましたので、次は利用してやろうと決意しました。)ガンダルフはこっちへは戻ってきていないと言います。今まで浮かれていたみんなは急に不安になりました。こんな森の中でフロドが行方不明になってしまったのです!狼や、野の獣がうろついているかもしれません。いや、もしかしたら森に入った野蛮な人間や、一番悪くするとオークたちにフロドが襲われているのかもしれません。みんなそれぞれ最悪の状況を考えてぞっとしました。サムはかわいそうなことに、この時みんなの頭の中から完全に消去されていました。
「フロド!フロド!」
ホビット特有の細く高い声と、人間とドワーフに魔法使いの低い声、エルフの良く通った声が森の闇の中に向かって響き渡りました。しばらくするとメリーが温泉の近くの岩陰に何か気配がすると言って戻ってきました。もしかするとフロドかもしれません。7人はそろって思い思いの武器を持ち、
「わたし(僕・わし)のフロドに何かあったらただじゃ済まさん!」
と、血走った目で岩の後ろまで駆けつけ、息をひそめて隠れました。
 

「・・・・ム・・・サム・・・」
サムがはっと気がつくと、自分の目の前に主人の心配でたまらないという顔がありました。そして自分はフロドのマントにくるまれているだけの姿だということに気がつきました。
「・・・・だ・・旦那・・・?」
サムははじめ何が起こったのか分かりませんでした。なぜ自分はマントを主人から借りているんだろう、どうして主人は泣きそうな顔をしているんだろうと思いました。
「サム!ああ良かった!」
フロドはそう言うと、気がついたばかりのサムをマントごとぎゅっと抱きしめました。
「な、何があったんです?フロドの旦那!」
サムはまだ混乱していましたのでやっとの思いでそう言いました。
「ああ、すまなかった、サムや!おまえをずいぶん驚かせてしまった!許しておくれ。まさかこんなにおまえがびっくりするなんて思ってもいなかったんだよ。ただわたしはゆっくりおまえと温泉で話がしたかっただけなんだよ、サム、久しぶりにね!本当に悪かった・・・」
サムはやっと自分の置かれている状況がなんとなく分かってきました。・・・そういやフロドの旦那がいきなり現れて、びっくりして、おら立ち上がろうとして・・・サムはどうやら自分がお湯の中で倒れて、フロドに助けられたらしいことを理解しました。
「ああ、よかった!サム!」
そう言ってフロドはサムをしっかと抱きしめました。サムは正気に戻って急にこの状況がひどく恥ずかしいことに気がつきました。フロドの薄い肌着はお湯に濡れてぴったりとフロドの肌にはりついています。襟元はサムを助けた時にどこかでひっかけたのか、ほつれたりやぶれたりしています。その間からひっそりと見え隠れするフロドの真っ白い肌は気を失うほどきれいでした。サムはもう一度後ろに、今度はのぼせあがってひっくりかえりました。意識がまたとんでしまい、フロドがもう一度大慌てしたことは言うまでもありませんでした。

「あっ!サムとフロドだ!」
岩陰から温泉の様子が見えたメリーが目を丸くして小声で叫びました。その声にええっ!?と他のみんなもメリーの方へ、つまりフロドが見えるほうへやって来ました。
「あ!ほんとだ!フロドだよ。おーい、フロ・・・」
と大声で叫びかけてメリーに口をふさがれながらピピンが言いました。フロドはサムをちょうど温泉から引っ張りあげたところでした。
「ああ、よかった。サムが一緒ならいいじゃろう。」
「そうだな。」
と言ったガンダルフとギムリは例の4人の見るもおぞましい鋭い視線をうけてこの場から逃げ出したくなりました。
「ところでなぜあの庭師が一緒なのだ・・・」
アラゴルンが恨めしそうにそう言って剣のつかを握り締めなおしました。
「なぜだ!なぜいつもわたくしではないのか!?フロド・・・」
と頭を抱えてボロミアが言いました。ちゃっかり手のかかる王の剣を取り上げて暴れ出さないようにしているあたり、かれは優秀な部下なのでしょう。
「しっ!静かに!」
レゴラスが言いました。
「騒ぐと見つかってしまう!このまま見ていようとは思わないのか?」
その一言で出歯亀御一行様と成り果てた仲間たちはフロドの良く見えるところへ移動しました。
 

「ああ〜メリー!フロドの服破れてるよ!」
「うわぁ・・・やっぱり真っ白だねぇ、ピピン!」
「もっと近くで見れないかな?」
「わわっ!落ちる落ちる!前へ行き過すぎないように気をつけろよピピン!」
とどこかヌケた感想を述べるホビッツに、ガンダルフは頭が痛くなりました。しかしさらなる頭痛の原因はそれが主ではありませんでした。
「水もしたたるなんとやらとはこの事を言うのだろうね、ギムリ!ギムリも入ればよかったのに。あれ?ギムリ!?」
自分に被害が及ぶ前に、フロドの安全を確認したギムリはとっくの昔に元の場所へ戻ってしまっていました。しかしこの時ばかりはさすがのレゴラスもフロドの姿のほうを優先させました。
「あああぁ・・・あんなに肌着がぴったりはりついて・・・。なんてそそられる格好をしてくれるんだ私のフロド・・・」
「誰もあんたのだとは言っとらん。」
「そうとも!いくらフロドがあんな格好をしていてだな・・・うわっ。」
またもや王が危険な発言をし、それをガンダルフとボロミアがどうにかしようとした時が、ちょうどフロドがサムをマントごと抱きしめた時なのでした。こちらから見ると、フロドがサムの上にかがんで擦り寄っているように、またはフロドがサムにキスでもしているようにしか見えませんでした。
「「ぎゃあぁぁ〜〜〜!!!」」
どこから出しているのか分からないような(主に大きい二人の)凄まじい悲鳴が森中に響き渡り、周囲の木々からばさばさっと鳥が飛び立ちました。それと同時にレゴラスが弓をかまえ、メリーとピピンはしゃがんで石をひろい、なぜか今日に限ってガンダルフまで杖を構えていました。もちろんアラゴルンとボロミアの手には剣が(いつの間に戻してやったのでしょう)握られています。そしてその場にいた全員が(フロドからサムに抱きついたことはこの際無視して)、
「フロド!」
と言いながら一気に身を乗り出したので、6人ともフロドの目の前の温泉に頭から突っ込んでしまいました。
 

 それに一番驚いたのはやっぱりフロドでした。一瞬どころか数十秒、なにが起こったのかフロドには分かりませんでした。ただ、腕にはのぼせ上がったサムを抱え、目の前には武器を持った仲間たちが落ちてきたということだけしか分かりませんでした。
「!!!どうしたんです、みなさん!メリーにピピン、それにガンダルフまで!」
フロドは目を丸くして言いました。サムは相変わらずフロドの腕の中でぐったりして目を瞑ったままでした。
「何って・・・」
とピピンが言おうとしたところをまたしても機転のきくメリーが口を押さえて言いました。
「いとこさん、いとこさん。わたしたちはあなたを探していたのですよ。」
はっとしたガンダルフが付け足しました。
「そうじゃ、そうじゃ。何も言わずにいなくなるからのう。」
「心配で、君がどうにかなったのではないかと思ってこんなものまで持っているのだよ。」
レゴラスも本気か嘘か分からないようなことを、弓をちらつかせながら言いました。
「とにかく無事でなにより。」
ボロミアがもっともらしいセリフをうまいタイミングで言ってみせました。フロドは、ではなぜみんなしてふってくるのか、どうしてこの場にギムリがいないのか少しいぶかしみましたが、黙って温泉に戻っていたのは本当だったので素直にみんなの言葉を信じることにしました。こんなところが主人公の条件なのかもしれません。
「そうだったのですか!すみません。わたしが勝手なことをしたばかりに、みなさんに迷惑をかけてしまって・・・」
「いやいや、フロド、あんたは悪くない。」
ガンダルフがそう言うと、慌ててアラゴルンも言いました。
「そうだ、だがフロド・・・そのにわ・・いや、サムはいったいどうしたというのだね?」
やっと何の反応もないサムに一行は気がつきました。

「ああ、これもわたしのせいなのですよ。」
フロドはいたずらがばれた子供のような顔をしてみんなを見ました。
「実は、サムを驚かそうと思って草の茂みに隠れていたんです。そしたらわたしが急に現れたのでサムのやつわたしの思惑通り驚いてくれたんですが、驚きすぎて倒れてしまったんです。で、急いでお湯から引っ張り上げたと言うわけです。でもサムったら一度気がついたのにまたこんなになってしまって・・・一体どうしたのでしょうね?」
『そりゃフロド、あんたの格好にのぼせただけだ!この腐れ庭師がぁっ』とは誰も言いませんでしたが、みんな顔が一瞬こわばったのは確かでした。一番はじめに冷静さを取り戻したのはやはりメリーでした。そして
「まあいいでしょう、いとこさん。さて、その迷惑なヤツを運びましょう。さ、ボロミア。」
なぜか陣頭指揮をとりながらそう言いました。
「本当にわたしが悪いんだ。サムを責めないでやっておくれ、メリー。すみません、ボロミアさん。」
『どうしてそいつばかりかばうんだぁっ』と誰しもの意見は一致しましたが、のぼせてしまっているサムをどうすることもできず、ボロミアはおとなしくサムをおぶって野営の場所へ戻りました。フロドのちょっといい姿を見られましたし、もう一度温泉に入れた(?)ので、まあサム一人がいい目にあったことを置いておけば今日の夜は楽しかったと言えるでしょう。ここでさらに破れたフロドの服のかわりに誰の服を貸すかということでも一騒動ありましたが、ここでは触れないことにしましょう。

「もう一回でいいからこんなことないかなぁ、メリー?」>ピピン
「あるさピピン、きっと。今度はサムだけにいい思いはさせないさ!」>メリー
「フロドと温泉、フロドと温泉の夢が・・・」>アラゴルン
「このホビットにしては重い庭師よりフロドを背負いたかった・・・」>ボロミア
「もうこんなことはうんざりじゃ。」>ガンダルフ
「今度はギムリをのぼせさせてやろう・・・」>レゴラス
「・・・・・(悪寒)」>ギムリ
・・・とまあ、それぞれの思惑とともに、夜は今日も静かに更けてゆくのでした・・・。
 

翌朝、サムが訳の分からないままみんなにぼこぼこにされたことは言うまでもありませんでした・・・。

おわっとけ!