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Merry’s Catastrophe

 

 ここからお話しようとしているのは、今までのお話から随分と時が経ってからのお話です。フロドとサムはほとんど夫婦のように?二人で袋小路屋敷に住み、見た目は主人と庭師でしたが確実にそれ以上の関係を結んでしまった後のようでした。フロドはビルボが旅立った後を立派に継いで、やはり「変わり者のバギンズ氏」で通っていました。お屋敷にはいとこたち(主にメリーとピピン)がよく遊びに来ていましたし、ガンダルフもここを気軽な宿のように使ってホビット庄に滞在することが多かったようです。しかしそんな来訪者たちにも邪魔されず、とにかくあれから何年も何年も経っているわけなのですが、あいかわらずサムとフロドはらぶらぶなのでした。フロドはあれから随分成熟していましたし、サムだってもう大人の魅力ばりばりの素敵なホビットでした。これは、そんな平和ボケもいいとこなホビット庄で、メリーが遭ってしまった災難のお話です。

 

 それはそれは気持ちのいい日でした。メリーはちょっと所用でホビット庄まで来ていました。珍しくピピンを連れず、一人でした。せっかくここまで出かけたのだから、と思い、(上等のパイプ草か、年代もののワインを期待して)袋小路屋敷に寄りました。
“トントン”
メリーはきっとフロドか最近いつもお屋敷に入り浸っている(だけのように一般のホビットは思っていました)サムか、しょちゅう泊まりに来ているガンダルフがいるだろうと思ったので、いつものようにドアを軽く叩きました。しかし中からは誰の気配もなく、もう一度ドアを叩こうが、
「誰かー、いないんですかー?」
そう呼んでも誰も出てきませんでした。メリーがおかしいなぁと思ってドアに手をかけると、それはいとも簡単に開いてしまいました。
「全く、無用心にも程があるなぁ。」
メリーはそう言いながらも、僕の他に誰かいけない奴が来るといけないから、と思い、屋敷の裏に回って、頼まれもしないのに留守番してあげることにしました。

 

 フロドはちょっとの間なら良いだろうと、古い本を借りにマゾム館へ行っていたのでした。サムはちょっと仕事の忘れ物があったので、一旦とっつぁんのいる家に行き、きっととっつぁんやら姉さん方に引き止められているのか、まだ戻っていませんでした。はじめはお屋敷の中にいたメリーですが、あまり太陽が外へと誘うので、その誘惑に負けて穴を出ました。しかし思えばそれがメリーの災難の元となるのでした。メリーは外へ出て、お屋敷の上に生えている大きな木に登って(以前はビルボが、そして今はフロドが見張っているのでその木には登れません)パイプをふかそうと思いました。ああ、ここでこの木に登りさえしなければ!後でどれだけ悔やもうとも、それは後の祭りでした。何を悔やむのか、それはこれからのお話です。

 

 木に登ってパイプをふかそうとしたメリーですが、パイプ草が切れそうなことに気がつき、仕方ないので諦めて、ホビット庄の風景だけで満足することにしました。ぼんやりとその美しい緑と黄色で彩られた風景を見ていると、フロドが実にのんびりした足取りでこちらに向かって帰ってくるのが見えました。ここでメリーは声をかけていればよかったのです。しかし何の気が働いたのか、メリーは声をかけるのをちょっとためらいました。もしかしたらいつものフロドでないフロドを覗き見することにちょっとした期待をしていたのかもしれません。ですから、メリーは黙ってフロドの行動を観察していました。フロドは脇に、古い大きな本を2冊抱えていました。それは古いエルフのお話と、ホビット庄のバギンズ一家の家系図の表でした。1冊はサムのために、1冊は自分の興味のために。フロドが図書館代わりに使っているマゾムからの借り物でした。フロドは一旦穴の中に入り、1冊だけを机に置いてすぐにメリーの登っている木がある裏庭に出てきました。その様子もメリーには窓越しに見えていました。今のところ、フロドはメリーに気がついていません。それどころか、誰かがこのお屋敷に入ったことさえも気がついていないようでした。
「あーあ、さすがはいとこさんだなぁ。いい大人になって、こんなでいいんだろうか。」
メリーは、もし自分が泥棒さんだったりしたらどうするんだろうと思いながら、そんなことを考えて一人で忍び笑いをしていました。

 

 裏庭に来たフロドは、まっすぐメリーのいる木に向かって歩いてきました。
「おや、気がついたんだろうか。」
メリーはそう思いましたが、そうではありませんでした。フロドはただ、いつも本を読む定位置についただけでした。つまりメリーが今登っている木の下の、ふかふかの芝生の上に腰をおろしたのでした。
「これから本を読むのか。」
ちょっとつまらないなぁと思って、メリーは木にもたれかかったままフロドを見ていました。それでもフロドはメリーに気がつきません。何かが起こることを期待して、メリーはフロドを見ていました。期待以上のことがおこってしまうなどと考えもせずに。

 

 メリーの視線を感じもせずに、フロドはぺらぺらとページをめくって本を読んでいました。
「あー、あの本は僕も読んだことがあるぞ。確かサムが喜びそうな、古い古いエルフのお話だ。きっとあれもサムのために読んでいるんだろうなぁ。つまらないなぁ。いつもフロドはサム、サム、だもの。」
そんなことを思い、メリーは少しふくれてみました。ここらでフロドに声をかけていればよかったのです。そうです、災難に遭わないためのポイントとタイミングはいくらでもあったのです。それでも、先を先をと期待する自分の好奇心と悪戯心が邪魔をして、メリーは後悔することになるのでした。

 

 しばらくすると木の下から聞こえてくるページをめくる音がしなくなりました。あれ?と思って見てみると、フロドが本を膝の上に広げたまま、くうくうと気持ちのよさそうな寝息をたてて居眠りしていました。
「あーあ、寝ちゃったんですか。」
メリーは苦笑してフロドを見ました。しかしその瞬間、メリーはここにいて気が付かれていないことの幸せをかみしめることになりました。なぜなら、フロドの寝顔があまりに綺麗だったからです。男のホビットに向かって綺麗だと言う感覚がメリーに今まであったかどうかは分かりません。しかしそのフロドの寝顔は確かに綺麗だったのでした。真っ白い首筋にふうわりとかかる黒い巻き毛がそよそよと風に揺れ、ほのかに赤い頬に薄い影を落としています。唇はまるで水を含んだようにぷるぷるとし、きちっと鼻筋の通った面に映えていました。形の良い耳がちょっと巻き毛の間からのぞき、さらに伏せられた豊かな睫は柔らかく、えもいわれぬ艶をかもしだしています。メリーは思わず、ごくっとのどを鳴らして息をのみました。
「うわぁ・・・こんなフロド見たことないよ。」
それもそのはずです。メリーのイメージするフロドは、常に袋小路の旦那、もしくはきのこ畑の悪戯っ子なのです。こんな純粋に美しいフロドを見たことはありませんでした。そしてこうも思ったのです。
「このいとこさんも黙っていればエルフのお人形みたいなんだがなぁ。」
と。しかしサムにはしゃべっていても、何かを食べていても、たとえいたずらをしていても、フロドはこのように見えるのでした。現にフロドは美しいホビットです。そんなことはさておき、とにかくメリーはそんなフロドに見とれていました。そして、幼い頃、この年上の親戚に、淡い恋心を抱いたことがあったのだと思い出して、幸せな気分に浸っていました。

 

 しかしメリーの幸せ気分はそう長くは続きませんでした。サムが戻ってきたのでした。サムは朝の庭仕事の続きをやろうと、外を回ってまっすぐ裏庭に歩いてきました。今日はフロドが、仕事が終わったらいい話をしてあげるからね。と言っていたので、ごきげんで鼻歌まで歌ってやってきました。
「あー、来ちゃったよ、かれの庭師が。」
メリーはちょっと残念そうにそう思い、肩を落として溜息をつきました。
「きっと寝顔なんかに見とれちゃってさ、それからフロドを起こしちゃうんだろうなぁ。つまらないなぁ。」
メリーは自分のことは棚に上げておいて、そうも思いました。確かに、サムのとった行動はメリーの思ったとおりでした。しかしたったひとつだけ計算外だったのは、フロドのとった行動が、メリーの理解の範囲外であることでした。

 

 サムも、メリーには全く気がついていないようでした。まあ木の葉も相当に茂っていますし、メリーはカタリとも音をたてず、息をするのにも気を使ってそっといましたから、気がつかなくても無理はないかもしれません。ですからサムは、何も考えずにいつものとおり木の下ですっかり気持ちよさそうに寝ているフロドをそっと揺り起こしにかかりました。
「旦那、フロドの旦那。こんなところで寝てちゃいけねえですだよ。」
その声は、まったくもってメリーの聞いたことのないような甘い響きを持っていました。
「うわっ、サムってばなんて声するんだい。まるでとろけそうだよ。」
と、ちょっと引いたのか、メリーは口に手をあてて目をみはりました。しかし驚くのはまだ早すぎたのでした。
「ぅん・・・サム?」
むにゃむにゃと、目をこすりながら起きたフロドの声は、もっと甘くてとろけそうだったのでした。思わずメリーはどきっとして、さっと身を引きました。そして、なんだかいけない展開になりそうだと悟らずにはいられませんでした。

 

「おや、おはようサム。」
「おはようじゃねえですだよ、旦那。」
サムは笑ってそう言いました。
「いっくらお天道様が気持ちいいからって、こんなとこで寝てちゃ風邪ひきますだ。」
「そんなことないよー。」
フロドが、ちょっと子供みたいに頬を膨らませて言いました。そしていきなりサムの首に腕を回して抱きついたのでした。
「ねぇ。」
メリーは、それを見てびっくりして木から落ちそうになりました。そりゃぁメリーだって、ホビットとしては賢い方ですから、フロドとサムがちょっとあやしい関係だって知ってはいました。しかし考えるのと見るのとでは大きな違いです。がらになく、メリーはどきどきしてここから逃げ出すこともできなくなっていました。

 

 さて、ここからはフロドの天下でした。真昼間だというのに、フロドはふかふかの逞しい緑の芝生の上に、サムをひょいっと押し倒してしまいました。そして困ったことに、ぼそぼそと、フロドがサムに囁く言葉の一つ一つまでもがメリーの耳に届いてしまうのでした。
「ねぇ、サム。わたしは今とってもいい夢を見ていたのだよ?」
どうしてだか、フロドの言葉尻に疑問符がついているようでした。メリーは、頭を地面につけて上を見上げているサムに見つからないかとひやひやしてそれどころではなかったのです。しかしサムからしてみれば、こんな明るい、しかもちょっとお屋敷や道から入っただけのところで旦那に上からのしかかられていると思うと、もう何がなんだか分からなくて、しかもフロドが異様に光る目でサムを射るものですから、すっかりその瞳に釘付けになって、木の上に誰がいるかなんて考えもしませんでしたし、視界にも入りませんでした。
「ちょ・・・だ、旦那!」
「んん、何?夢の話が聞きたいのかい?」
「そ、そりゃそうですだが、その前に、その・・・」
サムは慌てすぎて、たった一言「どいてください」が言えませんでした。フロドは相変わらずにっこりと笑ったまま、サムの上にちょこんと乗ってます。メリーはもうどうなることやら青くなったり赤くなったりしながら、それでも目を二人から話せずに凍ったようになっていました。
「それはいい夢だったんだよ、サム。わたしがこうして木の下で寝ているとね・・・」
そう言いながらフロドはそっとサムの手をとり、自分の頬と胸にあててころりと場所を逆にしました。つまり早い話が、サムに自分を押し倒させた格好にしてしまったのでした。
「サムがこうやってわたしのもとへやって来て・・・」
フロドはサムを誘うのに全力を尽くしていましたので、まだメリーに気がつきませんでした。
「いっそ早く気がついてくれ!」
メリーは固まったままそう切に祈りました。しかしフロドはそんなこと知る由もなく、話を続けたのでした。
「わたしにキスするんだ。こうやってね。」
そしてフロドはサムを引き寄せ、そのままうっとりと目を閉じて深い口付けに入っていきました。

 

「キャーーーー!!!」
メリーのその時の心境をピピンに代弁してもらうとしたら、きっとこんな感じで叫んでくれたでしょう。しかしメリーは、ここにピピンがいなくてよかったと思いました。メリーはピピンを実の弟以上に可愛がっていましたので、こんなおっそろしい現場にはピピンを立ち合わせたくありませんでした。

 

 さて、そんなメリーの苦悩をよそに、フロドはますます調子に乗って、こんなところで昼まっからあらぬ行為に及ぼうとしていました。フロドがこうしたいと思えば、サムに逆らえるはずかありませんし、またサムの本心はいくらこんなところでこんな時間だからといって本気で嫌がるはずがありません(とフロドは思っていました)。ですから、いかにもうっとりと、幸せそうな顔をしてサムとの長い長いキスを楽しんでいました。
「うっ・・・どうしたらいいんだ!今からじゃ逃げ出すわけにもいかないじゃないか。考えろ、考えるんだメリアドク!」
メリーは混乱する頭の中で必死にそんなことを考えましたが、逃げるということは木を降りなくてはならず、木を降りれば必ず見つかってしまうことも必至でした。かといってこのまま見ているなんて純情な?メリーにはとてもできないことのように思えました。しかしメリーのも湧くとは裏腹に、ことはどんどん進んでゆきました。
「んー、んー。」
と、フロドの悦に入った鼻から抜けるような溜息とも声ともつかぬものが聞こえてきます。メリーは耳をふさごうとしましたが、そうすると余計にそんな音ばかりが耳に入ってきます。サムがフロドから顔を離すと、二人の唇の間につうっと透明な糸がつながっているように、それが木漏れ日にきらりと光りました。
「あー、どうしようー!」
そうです、メリーが本気で慌てるのも無理はありません。それを見てしまい、顔をほんのり赤く染めたフロドと、意図的にか襟を着崩して少々はだけているフロドの胸元と、
「ぅん、サムおいで。」
そんな甘ったるい声を聞いてしまったサムの理性がふっ飛ばないはずがありません。サムの手がフロドの着ているものを邪魔そうに、しかもズボンだけ脱がし始めてしまったのです。
「ギャッ!サムってばあんなことを・・・!なにも僕はここまで見たいわけじゃないんですよフロド〜!どうしろってんです!
サムがフロドに触れ、フロドが身震いをして、はあっと艶っぽい喘ぎ声を出してしまった瞬間でした。なんとフロドは木の上のメリーと目があってしまったのです!

 

「〜〜〜〜〜っ!!!」
もちろんこうやって慌てたのはメリーだけです。
『どうして、どうして僕がこんな目に!僕が悪いわけじゃないと思いますけどっ!これじゃまるで僕がのぞきだ!』
いえ、まさに状況はその通りなのですが、そう言ってしまうにはあまりにメリーが可哀想でした。メリーの顔は真っ青でしたし、目には涙まで浮かんでいます。
『ああぁ・・・見つかってしまった・・・もうフロドにもサムにも顔が向けられない・・・』
メリーはそんなことまで考えて、しかしこれでフロドもサムにやめさせ、メリーも、もう二度とかれらと顔を合わせないでもいいから、今日はこれで帰れるのだとちょっとだけほっとしました。ところがところが、ここからがわれらがフロドの旦那の本領発揮というところでした。フロドは確かにメリーと目が合って、普通なら慌てて萎えてしまってもいいようなところですが、はっはっと荒い息をしながらも、なんとメリーにウインクを返してしまったのです・・・一体何を考えているんでしょう!(フロドが、ではありません。作者が、です。←反省)そしてそのまま、魂が口から半分出ているようなメリーをよそに、あらかた服を着たまま、最後まで続けてしまいました。それでもやっぱり少しは気をとられているようで、サムに
「どうしました?」
とか、
「今日はいけませんか?」
なんてこっぱずかしいことを言わせては楽しんでいたようです。

 

「ああっ、ああっ・・・サムぅっ・・・」
そうしてフロドは長い長い永遠に続くと(メリーには)思われた情事からやっと解き放たれて、くったりと芝生の上に力なく横たわりました。そしてもう一度、死にかけた表情をしているメリーに向かってウインクし、サムにもにこやかな微笑を与えました。
「さあサム、お風呂をわかしてくれないか?それから二人分の夕食も。でもそれはお客様用だよ。今日はちょっと大切なお客様がくるんだ。悪いけど、お前は今日はとっつぁんの手料理を食べに帰っていてくれないかい?」
お客様とはもちろんフロドはメリーのつもりをしていましたし、サムとしては昼間から仕事もせずにこんないい目にあえたのですから、反対しようがありませんでした。
「へぇ・・・分かりましただ。」
とうとう最後までメリーの存在に気づかずじまいだったサムは、ちょっと不思議そうな顔をしましたが、お客じゃあしょうがないと、素直に主人の言うことをきこうと思いました。しかしわたくしが邪推するところによりますと、サムは、フロドが今日の夜は客でこういうことができないから今のうちに・・・と思ってこんなところでことに及んだのだと思って満足したかはどうか不明ですが、まんざらではなかったのではないでしょうか・・・

 

つづく