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Bilbo’s
Party
とうとうこの日がやってきました。ビルボ(とフロド)の誕生日パーティーです。このパーティーは昼食から夕食、夜にかけて延々と続く催し物の集まりでした。昨日は雲行きがあやしくなり、ホビットたちの肝をひやひやさせたお天気もからっと晴れ上がりました。広場に張ったテントやら、いつの間にか設けられた野外調理場などのまわりに、ホビット庄中のホビットというホビット、それにガンダルフとドワーフもちらほら集まってきました。そしてまだはじまらないというのに、とにかく朝から大騒ぎでした。招かれるものも、招かれていないのにそのご相伴にあずかろうとするものも、とにかくたくさんいました。
そんなパーティー会場を見渡せる、袋小路屋敷の中にガンダルフとビルボがいました。
「やれやれ、パーティーはまだだというのに、もう随分な騒ぎじゃないか。」
窓から広場を見渡しながら、ビルボがそう言いました。
「そうじゃのう。だが楽しみにしておったホビットたちに、昼まで待てというのは酷だからのう。」
それに答えてガンダルフもはっはと笑いました。
「ところでビルボ。お前さん、例の計画は順調にいっておるのか?」
「ええ、もちろん。ばっちりです。今日のために用意したスピーチも、フロドへの財産贈与の書類も、旅立ちの用意までしっかりできています。」
「そうか、それで安心した。」
そうしてビルボとガンダルフは外へ出て、ホビット庄の中では最後になるであろうパイプを一緒にふかすことにしました。
「わたしは本が書きたいんです、ガンダルフ。」
パイプをふかしながら、穏やかな顔をしてビルボが言いました。
「わたしはどうしたことか、とっても長く生きてこれました。しかしもうそろそろ休みがほしいんです。」
ガンダルフは、そのビルボの言葉に静かにうなずきながら聞いていました。もちろんビルボの長寿は指輪のせいではなく、遺伝子のいたずらのようなものでした。そして確実にそれはフロドにも受け継がれているようでした。
「そう、休みがほしいんです。ゆっくりともう帰らなくていい休日が。そして本を書きたい。これからもう決して起こることはないであろう、冒険の記録の本を。わたしが経験したような冒険は、もうホビットの中の誰も体験しないものになるでしょう。そしていつか消えてゆくのでしょう。でも、わたしは暖炉の前でいつまでも読まれるような本を書きたいのです。そしてまた山々が見たいのです。」
そこでビルボはふーっと煙をはいて、丸いわっかを作りました。
「でもフロドが心配です。あの子一人で置いてゆくのは気が引ける。でもあの子はこの土地を愛していますから連れてゆくのも酷な気がするんです。」
ここで、ビルボは少しだけ哀しそうな顔をしました。それを慰めるよう、ガンダルフは優しく言いました。
「大丈夫じゃよ。フロドにはサムがおるよ。お前さんはもう何も心配せんでいい。長らく待たせていたドワーフたちと裂け谷への旅をするがいいぞ。」
それを聞くとビルボは元気が出たように、にこっと笑ってガンダルフを見ました。
「そうですね。やっと決心がつきました。ここにあるものはみんなフロドとまたその次の後継者に譲ってください。」
「しかと承知した。」
ガンダルフは中つ国の危機が当分ないのを見越して、のんびりホビットたちを見守ることを約束しました。そして、船の形にした煙を、ビルボが作った特大のわっかの中に走らせて得意げにウインクしてみせました。
「今夜は、忘れられない夜になりそうだ。」
ビルボの満足げな言葉は高く上がった太陽の光に溶けてゆきました。
真っ昼間の花火の音で、パーティーがはじまりました。大きな歓声と、笑いさざめく声がはるか森の中のエルフたち、また庄境を守る野伏たちまで聞こえていたという小さな伝説ができるくらいでした。たっぷり食べても食べても余りある食事とビールにワイン、それに甘いものが大盤振る舞いに雨よあられよと降り注ぎました。そしてかねての計画通り、夕方からダンスパーティーも開かれました。さすがにロージーは人気者で、あっちこっちのホビットからお声がかかって大変なことになっていました。ロージーをめぐって、かなり若者のホビットたちは真剣に誘ったりプレゼントを用意してあったりしたのですが、サムとフロドにはそれもただ楽しい風景にしか見えませんでした。さすがにフロドはサムと一緒に踊るなんてことはしませんでしたが(踊ってもいいとは真剣に考えてはいました)、一緒にビールを飲んだりおいしいものを食べたりして楽しくすごしました。
そんな楽しいパーティーもディナーが終わり、そして佳境に入り、ビルボのスピーチの時間がやってきました。ビルボの話はいつも長く、ビルボ主催で何かをやる時は、いつも客人たちはそれに閉口させられてきました。しかし今日はたっぷりの満足いくまで食べられるおいしものたちがたくさんありましたので、みんなビルボの話も聞いてやろうという心境になっていました。
「スピーチ!ビルボ!スピーチ!」
どこからともなくそんな声が聞こえ、いっきにそれが広場中に広がり、「スピーチ!」の大合唱になりました。
「親しいバギンズのみなさん、ボフィン家のみなさん。またトゥック家、ブランディバック家・・・」
ビルボのスピーチはもう皆さんご存知の通り、延々と続きました。ここで繰り返すのも紙面の無駄遣いだとも思いますので、この辺りは省略してとにかく肝心な?ところだけを抜き出したいと思います。
「さて、みなさん、今日はわたくしの111歳の誕生日です!」
「ハッピーバースデービルボ!」
割れるような歓声があがりました。その中には、これでやめてくれという願いも少なからず含まれておりましたが、ビルボは深く考えないことにしていました。
「みなさん、わたくしに劣らず今日という日を楽しんでおられると思います。しかししばしの間、わたくしの話に耳を傾けていただきたいと思います。さて、今日はある目的があってみなさんにお集まりいただきました。それは4つの目的があります。ひとつは、わたくしがみなさまのことを大好きだということです。このように素晴らしいホビットに囲まれた暮らしは、111年と言えど、決して長くはありません。ふたつめは、われわれの誕生日を祝うためであります。と言いますのも、今日はわたくしの誕生日であるだけでなく、ここにおります―――
そう言って、ビルボはサムの隣で幸せそうに好みの飲み物を飲みながら話を聞いているフロドの方に手を向けました。―――フロドの誕生日でもあるわけであります。そしてみっつめは、これに関係したことでもあります。本日を持ちまして、フロドはめでたく33歳の成人に達し、正式にわたくしの後を継ぐこととなりました。」
「いいぞー!フロド!」
どこからともなく(実は皿洗いの場所からピピン、メリーによってですが)そんな声も聞こえてきました。ビルボはその声を制し、一段と声を張り上げて最後のスピーチを続けました。
「そして4つめの、最後となります目的とは、みなさんにお知らせしたいことがあります。お知らせするのも残念なことではありますが、わたくしにはやるべきことがあるような気が、長年いたしておりました。そしてわたくしは今それをしに出かけたいと思います。ただいまでかけます。では、さようなら。」
そうビルボが言ったかと思うと、今までビルボが立っていた即席の段のまわりはものすごい音と花火の光に包まれました。みんなは思わずわあっと叫んで耳と目を塞いでしまいました。そしてそおっと目をあけてみると、そこにはビルボがいませんでした。そしてフロドだけが気がついたことに、ガンダルフもいませんでした。
サムは花火の閃光で目がくらんでいる時、ガンダルフの声をしかと耳元で聞きました。
「サム、フロドの言っている指輪とは、愛するものに永遠の愛を誓う時に交換する指輪のことじゃよ。意味が分からんでも、お前はこの騒動が静まらぬうちに袋小路屋敷にフロドとくるんじゃ。分かったな。」
確かにそう聞こえたようでした。そして目をあけると、隣になんとなくまだ黙りこくって反応できないでいるフロドがいました。
「旦那、フロドの旦那。」
サムはそっとフロドの肩を揺らして言いました。
「ガンダルフ旦那が、お屋敷に戻れとおっしゃってましただ。」
そして、こくんとうなずいたフロドとサムは、大騒ぎで怒ったり笑ったり驚いたりしているホビットたちを広場に置いて、(メリーに後のことをよろしく頼むとは言いましたが)手に手をとってお屋敷に帰ってゆきました。
「あのふたり、あやしいな。」
「え?何、メリー?」
「いや、なんでもないよ。」
それを見送るメリーと、さっぱり状況が良く分かっていないピピンの会話の一部をお送りしました。
さて、二人が帰ってみると、ビルボとガンダルフがお屋敷で待っていました。
「おお、待っておったぞ二人とも!」
なにやら慌てた様子のガンダルフがそう言いました。
「とにかくお前たちがいないとはじまらないからね。」
「?」
そんな顔をするフロドとサムを前に、なにやらいろんな準備が進められました。ビルボが用意していた財産相続の書類やらなにやらにフロドの調印をし、なぜかその中にはサムの名前もあったり、色々しました。フロドが、「やっぱりあれは魔法ではなくて、あなたとガンダルフで仕組んだ手品遊びだったんですね。」と聞く間もなく、ビルボとガンダルフはせっせと旅立ちの準備を進めていました。フロドには山のようにサインをする書類がありましたし、サムにもちらほらと書かなくてはならないものがありました。そしておおかたそれが片付き、ビルボの旅立ちの用意ができた頃に、ガンダルフが言いました。
「さて、これでフロドよ、お前はビルボの正式な後継者になったわけじゃ。それに伴い、指輪も正式に譲り受けたのじゃよ。これから指輪をどうするか、それはわしらの関知するところではない。しかしもしお前がそれをサムに譲るというのであれば、わしとビルボが今立ち会うぞ。どうなのじゃ?」
これにはフロドもびっくりしてしまいました。旅立つ前にフロドとサムを呼び出し、そんな用意までしてあったということにです。つまりガンダルフはフロドに指輪をサムに渡して愛を誓えと言っている・・・のかどうかは分かりませんが、とにかくフロドと一緒にこのお屋敷を守ってゆく者にサムを選んだのでした。
「そういうことですか。それなら、おいで、サムや。」
まだちょっとだけわけが分からずなんとなく成り行きを見ていたサムが、やっとはっと我に返ってフロドを見つめました。動けないでいると、フロドがサムに近づいてきて、指輪をそっとサムの手にはめようとしました。
「おら、こんなもの頂けませんだ!」
サムが大慌てでそう言いました。それを見たフロドは、実に悲しそうな顔をしました。それはもう、緑竜館でロージーの話を聞いた時のように。すると今度はサムが慌てる番でした。
「そういう意味じゃねえのです。」
フロドを悲しませたくないのと、誤解を解かなくてはならないので、とにかくサムは早口にまくしたてました。
「ガンダルフの旦那からさっき聞きました。全部、聞きましただ。旦那がそれをくださるってんなら、これほど嬉しいことはねえのです。おらだって、旦那に負けねえくらい旦那のことが大好きなんですだよ!でも、おらには旦那と交換できるような、それに見合う素敵な指輪を用意することができませんだ。それなのに、どうして受け取れましょう。」
サムは、自分のふがいなさを悔やみました。(と言っても、この指輪にみあう指輪を用意できるホビットなんてどこにもいないでしょう。)しかしフロドはそれを聞いて、にっこりと笑いました。フロドには指輪の交換がどうとかいうことではなくて、サムの気持ちが一番大切だったのですから。
「では、わたしがこれをサムにあげるから、サムはそれをまたわたしにくれればいい。ね?それでいいでしょう?ガンダルフ。」
フロドが、いいコトを思いついたとばかりにそんなことを言いました。するとそれを見越していたかのように、ガンダルフもにやっと笑ってフロドに加担しました。
「もちろんいいとも。交換することに変わりはないし、誓うことにも変わりはない。ただ二人がお互いの気持ちを分かっておればいいのじゃよ。」
ビルボはそのやり取りがいまいち分からなかったのですが、とにかくいい方向にまとまりそうだと分かって、にこにこしながらそれを見ていました。ということで、サムはとうとうその申し出を受け入れることになったのでした。めでたしめでたし。
さて、それでお話が終わったわけではありません。指輪をとりあえず交換?することになったフロドとサムですが、フロドがどうしても指輪をサムに持たせたいようでした。しかし、サムはおおいに照れるし、実際仕事の邪魔にもなるので指輪を結局フロドが細い鎖に通して首にかけることになりました。そんなこんなで全てが済んでから、やっとビルボは旅立つことになりました。まだ広場の方ではにぎやかなホビットたちの声が聞こえてきます。フロドやガンダルフがいなくなったことなど、もうどうでもいいくらい話と食べ物は豊富にあったのですから。
「それでは、」
ビルボがもうぼろぼろになったマントをはおり、使い古した杖を手にし、玄関に立ってそう言いました。
「さっきの書類には、サムさえよければこの屋敷に住んでもいいと了承もしてある。それにフロドが自由に後継者を選べるとも。だからもうわたしがいなくても二人でやっていけるね。」
ビルボは何の気なしにそう言ったのですが、フロドにはそれは親に結婚を認めてもらったようなものだという認識にしかなりませんでした。あいかわらず何の意味もなく言った言葉がこれほどまわりに(特にフロドに)大きな勘違いを起こさせるホビットは、中つ国広しと言えどもビルボくらいでしょう。それはさておき、ビルボは最後の挨拶をしんみりとしました。
「フロド、元気でな。サム、フロドのことを頼んだよ。ガンダルフ、よろしくお願いします。」
そうして、ビルボは待っていたドワーフたちと、歌いながらこの地を去ってゆきました。フロドはその後姿を見送りながら、今頃、あの老ホビットをどれほど自分が愛していたか分かるような気がしていました。そしてとっても切ない気持ちになりました。しかし今、フロドの隣にはサムがいます。そして二人を見守ってくれるガンダルフもいます。フロドは大きな幸せを感じて、サムの手をとってきゅっと握りました。
「ビルボがずっとずっと幸せでありますように。」
フロドがそう祈った空の星たちは、了解するようにきらきらと光の雫をホビット庄中にこぼしていました。
つづく |