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Secret of the Ring

 

 パーティーもとうとうあさってに控え、ホビット庄中は今日も大騒ぎでした。いろんなところからいろんなものが運び込まれ、お祭り気分にさらに輪をかけておりました。サムはあれからすぐにガンダルフを探しましたが見つからず、とうとうこの日になってしまいました。フロドの発言から考えますと、ビルボの誕生日にフロドはサムに指輪を贈りたいようです。しかしサムにはそこまでしか分かりませんでした。ガンダルフはちっとも見つかりませんし、ビルボは誕生日パーティーの準備で大忙し。フロドはその手伝いでもちろん忙しいですし、なんだかサムを見て妙に上機嫌で微笑みかけてくるので、サムはとても恐ろしく、本人から何のことか聞こうとは思いませんでした。そうして日々が過ぎていったのでした。

 

 そうした日の昼間のことでした。庭仕事をしていたサムの耳に、ホビットの子供たちの歓声が聞こえてきました。みんな一様に
「ガンダルフ!ガンダルフ!花火を見せてよ!」
と言っているようでした。そうです。最近ガンダルフが見えないと思っていたら、このお祭りのために、お得意の花火を大量に用意していたからなのでした。サムが植木鉢をちょっと置いて、腰を伸ばしてその声のするほうを見てみますと、確かにいました。変わった形の馬車の荷台にめいっぱいつめこんだ花火と、御しているガンダルフが。サムはさて、今しかチャンスはないと、急いで仕事の道具を片付けてガンダルフの後を子供たちのようにおいかけました。

 

 サムがやっと探し当てたガンダルフは、小さなテントの下であさってのための花火の仕込みをしているところでした。
「ガンダルフ旦那!」
サムはこの気難しい魔法使が自分の仕事を一人でやりたいことも、邪魔をされて台無しになるのを嫌がっていることも知っていましたが、それでも勇気をふりしぼって声をかけてみました。
「なんじゃ、どこの誰じゃ。わしの名を呼び足りんやつは。」
案の定、ガンダルフは灰色の眉毛の中からきらりと光る目をこちらに向けてサムをひと睨みしました。そしてそれがサムだと分かると、少しその鋭い光を緩めて少しだけ肩をすくめてみせました。
「お前か、サム。わしはてっきりどこかのメリアドクやらペレグリンかと思ったわい。それでなんぞ用か?わしは忙しい。ちびどもと同じように花火が見たいならあさって晴れるようにでも祈るんじゃな。今日はひとつも打ち上げんぞ。」
「そうじゃねえのです。聞いてくだせえガンダルフの旦那。」
サムに背を向けてせっせと仕事を進めるガンダルフに、サムがちょっと必死に食い下がりました。
「ちょっと教えてもらいてえことがあるんですだ。」
「・・・急ぐのか?」
いつもなら頑固なガンダルフのこの受け答えに、やや脈ありと見たサムは続きをとにかくまくしたてました。
「ガンダルフの旦那、教えてもらいてえことってのは、指輪のことですだ。フロドの旦那の指輪のことですだ。おら、フロドの旦那がビルボの大旦那の養子に来なさる時に指輪をいただいたって聞いてますだ。でもこの前、ちょっとしたことがあって、(ガンダルフの旦那はもしかしてご存知かもしれませんだが)フロドの旦那がそれをおらにくれるって言うんです。でも、おらにはそんな指輪をもらえるっちゅうわけが分かりませんだ。それにどうしてフロドの旦那がそんなことを言い出したのかも分かりませんだ。でもガンダルフの旦那なら何か分かるかもと思って・・・」
それだけ言って、サムはおそるおそるガンダルフの返事を待ちました。しばらくガンダルフは手元の作業を止めずにいましたが、ふと手を止めて、
「そうか、フロドがそう言ったか。」
とだけ呟きました。
「ええ、ええ、そうですだ。それがどんな意味か教えていただきたいんですだ。」
するとガンダルフは、くるっと振りかえり、厳しい顔でサムを見ました。

 

「お前はフロドのことが好きか?」
これまた何の脈絡もない(ようにサムには思える)質問でした。しかしそう言ったガンダルフの目は真剣で、ちゃんと答えないと魔法でカエルにでも変えられてしまいそうでした。ですからサムはちょっとおっかなびっくりで答えました。
「そりゃもちろん、とっても大事に思ってますだ。」
「フロドに何があってもついてゆくと言うのじゃな?」
「もちろんですだ。おら、フロドの旦那がゆかれるところでしたら、どこへでもついていきますだ。もしおら一人だけ置いてかれるなんてことがあるんなら、縛られてたって抜け出してついてきますだ。」
何かおかしいと思いながらも、真剣にサムはそう答えました。するとガンダルフはいつもでは考えられないような笑顔で優しく微笑んでサムを見ました。
「そうか、お前がそこまで想ってくれておるのなら、わしは何も口出しはすまいぞ。お前なら安心してフロドを任せられるしの。」
そしてまたくるうりと背を向けてしまったガンダルフにサムはちょっとむっとして言い返しました。
「ちょっと待ってくだせえガンダルフの旦那。それじゃぁ何の答えにもなってねえですだ。おらの言ったこと分かってくださってるんでしょう?」
しかしそれに答えず、ガンダルフはあの少年のような目をきらっとさせてこう言っただけでした。
「ビルボのパーティーが終わる頃には全て分かるじゃろうて。」
そしてサムはもうこれ以上何も聞き出すことはできませんでした。

 

 そしてサムがわけの分からない謎をまだ抱えているうちに、次の日になりました。ガンダルフは昨日全ての準備をしてしまったのか、今日はのんびりと袋小路屋敷に居座っていました。そしてあろうことか、庭で働くふりをしてパーティーの準備が気になって仕方ないサムをにやにやした目で見ていました。サムはフロドの笑顔だけでもおそろしいというのに、この年寄りの魔法使にまで見られて、なんだかお尻のあたりがむずむずするような気がして、とにかく家に帰ることにしました。それになんだか雲行きもあやしいので仕事もいつもより少なくてすみそうです。
『明日は晴れるといいんだが・・・それにしても明日、おらと旦那と指輪に関して何があるんだろう』
と思いながら、サムは帰ってゆきました。

 

 袋小路屋敷の夕食が済み、(もちろんガンダルフはビルボのごちそうを存分に堪能しました。)ビルボはまた書斎に入ってなにやらごそごそと明日の準備をしはじめました。それに他にも色々やることがあったようです。フロドにはなんとなくビルボが前からここを出て行くというようなことをにおわしていたので、その準備かなと思っていましたが何も言わないでいました。さて、食後のお茶をのんびりしていたフロドと、今日もここに泊るつもりのガンダルフだけがテーブルに残されていました。フロドがいれてくれたお茶をすすりながら、ふーっとガンダルフが満足そうな溜息をつきました。
「さてフロド。わしは賛成だと思うぞ。」
いつものことですが、ガンダルフは今日も突然そう言いました。
「何のことです?」
フロドはガンダルフに新しく手に入れた上等のパイプ草をすすめながらそう言いました。
「指輪とサムのことじゃよ。」
「ああ、そのことですか。」
フロドはガンダルフの賛成意見を聞いてにっこりしました。と言っても、ガンダルフはいつもフロドとサムの仲を応援してくれる貴重な人物でしたし、今回だって指輪のことを教えてくれたりサムにちょっかいをかけてやったりといろんなことをしてくれましたから、当然この意見ははじめからあるものと思われていました。
「わしは昨日、サムに指輪のことを訪ねられたよ。」
「ええっ!まさか教えてしまったなんてことはないですよね?」
「もちろんじゃ。わしを誰だと思うとる。お前さんの楽しみを取ろうなんてこれっぽちも考えとらんぞ。安心せい。」
「そうですか、よかった。」
フロドはそれを聞いて、またにっこり笑いました。というのも、フロドはさいごのさいごまでサムにはこのことを伏せておきたかったのです。そして、驚いて喜ぶ(とフロドは勝手にそう思っていました。)サムの顔が見たかったのでした。さらに言うならば、ちょっとガンダルフに魔法で細工をしてもらい、指輪にちょっとした言葉を入れてもらおうと考えていました。しかもそれはサムには読めないエルフの古代文字かなんかで入れてもらおうとしていました。そして「これはなんて書いてあるんです?」とサムが聞くのを教えてやらずににっこりと笑ってかえそうなどと、そんなことまで考えていたのでした。
「それはそうとフロド、わしは花火を作りにちょいとあちこちにでかけたのじゃが、そこでその指輪に関する面白い文献を読んでのう。」
ガンダルフはやっと本題に入ろうとしました。そしてフロドがまだ聞くとも聞かないとも何も言わないうちに、次から次へと驚くべき指輪に関する事実を話し始めました。
「わしは花火の最後の材料を求めて白き麗しの都、ミナス・ティリスに行っておった。そこの地下にある古い書物の中にな、面白い記述を見つけたのじゃ。それは昔むかしの人間の王であった、イシルドゥアの手記じゃった・・・

 

『予は、とある戦で大いなる戦利品を手に入れた。それはわが妻に贈るにふさわしいものであった。敵の総大将が身に着けていたそれは、金色に輝く指輪であった。戦に勝った予の手に入ったそれは、古く美しい指輪であった。傷ひとつなく、吸い込まれそうな丸みをおびて、これを持っただけで幸せになるようであった。それにはなんらかの魔法がはたらいているらしく、火に投げ入れてもまったく熱くならなかった。そして取り出してみると、それは煌めく火の文字でこう書かれていた・・・・』

 

・・・そこから先は、焼けており、読むことができなかった。しかしわしはそこで思ったのじゃ。ここでイシルドゥアが言っておることは、お前さんも言っておったことではないかとな。」
ガンダルフはそう言って、フロドをじっと見つめました。フロドもそのことを考えていました。確かに以前、ガンダルフに指輪のことを教えてもらったとき、これをもらっただけで幸せになるようだと言った覚えがありました。フロドが、それはどういう意味か考えているところへ、ガンダルフがまた言葉を付け足して言いました。
「だからの、わしはこの指輪が、その手記に書かれていた指輪ではないかと思うんじゃ。わしはサルマンと違って指輪のことにかけてはそれほど詳しくないからまだ完全に分かったわけではないがな。だから、これからちょっとしたことを試したいんじゃよ。ほれ、指輪を出してみるのじゃ。」
そう言われ、フロドは(サルマンとは誰だろうと思いながら)この前と同じく、少しだけ戸惑いましたが指輪をガンダルフに渡しました。するとガンダルフはさっき言っていた通り火の中に投げ込んでしまいました。
「ガンダルフ!何をするんです。もしその指輪じゃなかったらどうするんですか。」
フロドはあせってそんなことを言いました。しかしガンダルフは平気な顔で火の中から指輪を(もちろん火かき棒で)取り出し、フロドに手を出すように言いました。
「ほれ、手を出さんかい。」
「いやですよ、ガンダルフ。そう思うんならまずご自分で試されたらどうです?」
「うだうだ言うやつじゃのう。大丈夫じゃ。きっと(多分)熱くない。」
これ以上この魔法使をいらいらさせるとろくなことにならないことを悟っているフロドは、仕方なく、おそるおそる手のひらを差し出しました。
「あっつ!」
とりあえず指輪が手に乗った衝撃をうけて、ノリでそう言ってしまったフロドでしたが、それは実際ちっとも熱くありませんでした。むしろひんやりとしていて、手に吸い付くような気持ちの良い感触は損なわれていませんでした。
「・・・あれ?熱くありません、ガンダルフ。」
「だからはじめからそう言うておるじゃろう。ところでフロド、指輪に何か文字は見えるか?」
「いいえ、何も。」
「そうか・・・」
ちょっとがっかりしたガンダルフはもうこれで指輪への興味が尽きたかのように背を向けようとしました。その時です。指輪の表面に、とても細い、ちらちらと火が燃えるような模様が浮き上がり、美しくフロドの目に映ったのでした。
「ガンダルフ!見えました。何か書いてあります。文字・・・でしょうか。わたしには読めないけれど。ビルボなら読めるんじゃないかな。エルフの文字のようだ。」
「そうか!どれ、読んでみよう。」
やっと自分の説が正しいらしいと分かったガンダルフは、またあの少年のような目をきらっとさせてフロドが指でつまんだ指輪をじっと見つめました。

 

「こ・・・これは・・・なかなか・・・」
「・・・?なんと書いてあるんです、ガンダルフ。」
フロドは、ガンダルフがなんだか嬉しいような、恥ずかしいような(この魔法使に限ってそんな感情があるのかどうかは別として)、そんな表情をしていました。
「ねえ、なんと書いてあるんです?」
フロドがそう言っても、しばらくは言いにくそうにしていました。しかし、フロドの可愛らしいきらきらする視線の攻撃に合い、とうとうガンダルフは降参してしまいました。
「愛するあなたへ」
「・・・はい?」
「愛するあなたへ、と、そう書いてあると言うておる。」
ガンダルフはちょっぴり悔しそうにそう言いました。なぜなら、ガンダルフはフロドとサムのことを、フロドが思うような、そしてわたくしたちが勘ぐるような意味で応援していましたが、これはいかにも、いかにもな表現でしたので、これからフロドがするであろう大喜びの反応を的確に予期することができ、それにがっくりきていたのでした。そして思ったとおり、フロドはそれを聞いて大いに喜びました。
「そうですか、これがかのイシルドゥアが妻へと贈るに最適だと感じた言葉なのですね。それがいつの間にか大河に落ち、そしてゴラムに拾われ、ビルボの手元に来た。はめると見えなくなるなんて魔法がかかっているわけでもないのに(*)、なんて素敵な運命を持った指輪なんでしょう。それになんて素敵な文句なのでしょう、ガンダルフ!実はわたしはあなたに指輪に今日、魔法で細工をしてもらおうと思っていたのですよ。『愛するサムへ、フロド』とね。でもこれはもとからなんてぴったりの言葉が浮き出てくるのでしょう!」
「なんと・・・」
さすがのガンダルフも、フロドがそこまでやろうと思っているとは思っていなかったので、完全に驚きあきれて、もう何も言うまいと心に誓いました。そしてこれはまだフロドとガンダルフだけの秘密でした。時が来たらフロドはサムだけには教えることになるのでしょう。その時を夢見て、フロドはうっとりするのでした。

 

*:確かにこの指輪はイシルドゥアからゴラムへ、ゴラムからビルボへ、という道のりを経てきました。しかしこのお話の中では、ゴラムは本当に誕生日の贈り物として手に入れたのであり、ビルボはそれをたまたま拾ったのであり、姿を消すことなどできない指輪、という設定になっております。(それならそうと早く言いなさいと自分で突っ込んでおきますのでこれ以上の突っ込みは平にご容赦くださいませ;)

 

つづく