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Wonderful Life

 

 フロドはサムが庭師見習いとしてお屋敷に来はじめてから、ずっと長い間をかけてサムを養育?してきました。ビルボもサムを可愛がっています。サムは末っ子ですし、とっつぁんはあまりそういったことには口を出さないほうでしたので、(もちろん文字やらをビルボやフロドに教えてもらってそれを家で練習したり話したりすることには多少閉口して、時々酒場で仲間のホビットにこぼしたりもしていますが)フロドはサムを、自分の好みのホビットに育てることに成功したと言っても過言ではないでしょう。そうこうしているうちに、サムは庭師にしては大変高い教養を持った、賢いホビットになったのでした。もともとサムは思慮深い、遠慮がちで頭の良いホビットでしたので、フロドは苦労することもなく、色々教えられたのでした。サムはサムで、それらを教えてもらうことが楽しかったようですし、フロドやビルボが大好きでしたので、ちっとも苦ではありませんでした。

 

 さて、そんな教育を受けて育ったサムも、主人の愛を一心に受けて(と言っても、フロドが、もとい、わたくしたちが思うような関係はいまだ結ばれてはおりませんでしたが)もう随分大人になりました。背だってフロドよりちょっぴり大きくなりましたし、横幅だってフロドより相当大きくなりました。それに関しては、サムは一族が太るタチだということが分かっていても、年頃の青年としてはちょっと嫌だったのかもしれません。しかし、フロドがぽっちゃりサムの方が好きだと、いつも人目を憚らずそう言うので、フロドのためならこのままの体型でもいいかなぁ、と思っていました。

 

もうすぐビルボとフロドの合同誕生日です。今回はフロドの成人祝いとビルボの111歳の誕生日のパーティーを兼ねて、かなり大きな催しになる予定でした。そんなホビット庄中がうきうきと浮き足だっているある日、フロドとサムはいつものように一緒に連れ立って緑竜館に行きました。そこでは一足先にホビット庄中の今日の仕事が終わったホビットたちがたくさんいました。そこにはちょっぴりサムと仲の悪い粉屋のテド・サンディマンもいました。そして混雑していましたので、サムとフロドはテドと相席になってしまったのでした。
「おいサム。」
サムがフロドの椅子を引いてやろうとした時に、テドがサムに向かってちょっぴり横柄にそう言いました。
「何だよ、テドよ。おらはおめえと話すためにここに来たんじゃねえぞ。」
「こらこらサム。そんなことを言わないの。」
「へえ、ですが旦那・・・」
フロドが少し苦笑しながらサムに言うと、サムは苦虫を噛み潰したような顔になってそう言いました。
「せっかくおら、旦那とゆっくり飲もうと思ってたんですだよ。」
「いいよ、わたしはビールをもらってこよう。お前はその間、テドと仲良く話してるんだね。でもわたしが帰ってきたらわたしの相手をしておくれよ。」
「・・・もちろんですだ。」
しぶしぶサムはそういうと、なるべくテドから離れるように座りました。しかしテドはサムよりも、もっと臭いものでも歯の間にはさまったような顔をして、サムとフロドを見ていました。そしてフロドの姿が見えなくなってから、やっとサムにしゃべりはじめたのでした。
「おい、おめえ。いつまでたっても旦那、旦那ってちょいとおかしいんじゃねえのか。」
「なんだと、おめえおらの旦那にケチつける気かよ。」
「そうは言ってねえぜ。ただよ、おめえが娘たちにも見向きもせずにいつもフロドのやつにくっついてるのがおかしいって言ってるだけだ。」
「それの何がいけねえんだ。」
サムは思いもよらぬテドの話にかなりむっとしてそう答えました。
「旦那旦那で一筋もいいけどよ、おめえ、今度ビルボのじいさんの誕生日にはダンスもあるって話だぜ。みんなどの娘と踊るかで今から大騒ぎさ。なのにおめえはちっとも話しに乗りゃしねえ。そりゃおめえ、どう見たっておかしなもんだ。あそこにいるロージーでも気にならなくはねえのかよ。」
サムはかなりフロド寄りに育てられていましたので、年頃になって娘たちがどうのという会話になかなか入ろうとはしませんでしたし、それでもいいと思っていました。単刀直入にサムの心のうちを言ってしまえば、フロドより綺麗な娘なんているはずがないとまで思っていたくらいなのです。ですが、テドにそんなことを言われてしまっては、若い身として今日ぐらい考えずにはいられませんでした。
「そりゃあよ、ロージーは可愛いし綺麗な娘だ。一緒に踊れたら楽しいかもしんねえ。だがよ・・・」
その時でした。フロドは二人のいるテーブルに戻ってきて、その会話のこの部分だけを聞いてしまったのでした。そしてビールの入った二つのジョッキを思いっきり床にぶちまけてしまいました。その瞬間は、まさに妄想癖抜け切らぬフロドにとって最悪のタイミングでありました。
「サム・・・お前・・・ロージーと・・・」
こぼしたビールも見えないかのように、フロドは呆然としてそう呟きました。
「フロドの旦那?」
「・・・・っ」
サムはわけが分からないようにフロドを見つめましたが、フロドは何も言わずにうつむいて、ダッと走り去ってしまいました。
「旦那っ!」
サムはフロドが何にショックを受けているのか分かりませんでした。

 

 テドや飲んでるホビットたちがその騒ぎを一瞬しんとなって見ているにも関わらず、サムは唖然となっていましたがすぐに我に返り、フロドを追って走り出しました。
『どうしただ?フロドの旦那はどうしなさったんだ?急に青くなって走っていってしまわれた。おらはどうしたらいいだ?それに、フロドの旦那、泣いてるみてえなお顔をしてなすった・・・』
サムは混乱する頭でそんなことを考えながら走ってゆきました。そして、ありえないことのように思えますが、フロドに追いついて、後ろからぐっとフロドの腕をつかまえたのでした。
「フロドの旦那!」
「サム・・・!」
フロドは、まさかサムが追ってくるとは知らなかったので、かなり驚いて振り向きました。そして、その目には、やはりサムの思ったとおりうっすらと涙が浮かんでいたのでした。
「旦那!どうなされたんで?」
「・・・・」
「何か悲しいことでもおありで?泣いてるんですかい?サムじゃお役にたてませんか?」
しかしフロドは何も答えませんでした。
「お願えですだ!なんか言ってやってくだせえ。おら、旦那を泣かした奴をぼっこぼこにしてやりますだ。お願えですから・・・」
すると、今まで形の良い眉をひそめてうるんだ瞳でサムを見つめていたフロドの目が、ちょっとだけ元気を取り戻したように力なく笑いました。
「しょうがない子だね、サムは。わたしを泣かしたホビットをそんな風にするなんて関心しないよ。」
「なぜですか?おら、そんなふてえ奴、思いっきりのしてやりますだ。」
「だってサム、それはお前自身だもの。」
そう言ってフロドは、また悲しみが帰ってきたように涙が浮かんでくるのをとめられませんでした。
「へ・・・?」
はじめサムには、何のことをフロドが言っているのだか分かりませんでした。
「な、何を?」
「わたしはお前のことが大好きなのに。誰よりもお前のことを愛してるのに。でもサム、お前はビルボのパーティーでロージーと踊りたいんだろう?お前はあの娘が好きなんだね?可愛くて、面倒見がよくて、みんなに好かれるホビットだもの。お前が踊りたいって思ったって当たり前さ。」
「・・・だ、旦那?そりゃ、・・・ロージーのことをテドの野郎が言ってましたが、おらは・・・」
サムは、突然と言えば突然の、今までの態度から当然と言えば当然の、フロドの心の内を聞いてしまったショックと、フロドの勘違いに二重にびっくりしてしまい、とりあえずそんなことしか言えませんでした。
「隠さなくてもいいんだよ。わたしとお前の仲じゃないか。わたしのことは気にしないで、ロージーと幸せにおなり。」
そしてまた、サムの腕をふりほどいて走り出そうとするフロドを、今度はやっと我に返って自分の成すべき事を見つけたサムが後ろから抱きかかえました
「サム!」

「旦那、旦那!ちゃんとおらの話を聞いてくだせえ。おら、確かにロージーの話をしてましただ。でもそれだって、あのテドの野郎が持ち出したことで。おらには旦那より大切なものはねえんです。それを分かってもらわなくっちゃ、おら、自分で自分をぼこぼこにしようとも気が安まらねえです。」
「サム・・・それじゃあ・・・」
「ええ、ええ、旦那。フロドの旦那。おらも旦那のお気持ちと、きっと変わりねえと思いますだ。ですから、もう、泣かねえでくだせえ・・・」
そう言って、サムはくるりとフロドを自分の方へ向けました。涙に濡れた頬はいつもに増して美しく、サムは今まで言えていた胸の内の言葉が急に恥ずかしくなってしまいました。それとは逆に、フロドは一気に気分のどん底から天辺にまで駆け上ったような心持で、ぱあっと顔を輝かせてサムに語り掛けました。
「それじゃあサム、お前はわたしと踊りたいのかい?」
突如としてフロドの口から出た多少わけの分からない言葉に、サムはどうしていいのか分からずに、なんとなく固まってしまいました。
「え・・・あ・・・はぁ・・・」
さっきまでの男らしいはきはき具合とは打って変わってどもるサムに、フロドはますます嬉しくなって、サムに抱きつきました。
「ああサム!お前はなんて恥ずかしがりやなんだい。そうならそうと早く言ってくれればいいのに!そうしたら、わたしはお前にあの指輪も、もっと早くにあげられたのに。じゃあ早速用意をしなくっちゃ。ちょうど誕生日パーティーがある。その時がいいや。大好きだよサム!」
そうしてフロドはまだなんだか夢見心地でぼーっとしてるサムの唇に軽くキスをして、たたっと走り去ってしまいました。そしてその場には、顔を真っ赤にして、その場から動けないでいるサムがただ一人残されていました。

 

 フロドにいろんな意味で取り残されたサムは、まず我に返ってからすることがあるように思いました。「指輪」のことです。フロドは先ほど、サムにあの指輪をあげるとかなんとか言っていたように思いました。しかしサムにはそんな心当たりはありませんし、一体指輪がどうしたのだろうと思いました。サムは幼い時からお屋敷に出入りしていましたから、もちろんビルボが大事にしていてフロドにあげたという指輪の存在を知らないわけではありませんでした。しかし特別にフロドがそれを使っていたり、はめていたりするところを見たことがあるわけでもありませんでしたので、とにかくフロドに言われたことがさっぱりつかめないでいました。そして思ったことは、ガンダルフに聞けばいいということでした。

 

つづく