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The ring meets Frodo

 

わたくしものとかおらの敬愛するJ・R・R・トールキン氏の原作「指輪物語」並びに指輪の世界に引き込んでくれたP・Jの素晴らしい映画 “ The Lord of the Rings “ では、ビルボが拾った「ひとつの指輪」が、ホビットの青年フロドの人生、そして中つ国全体までをもひっくり返すような大きな力を持った指輪なのでした。しかしこれからわたくしがお話ししようとするのは、そんな素晴らしい自己犠牲と感動の物語ではありません。既に述べたように、サウロンははるか遠い辺境の地ペジテの地下深くに埋もれたままで、邪悪な影も一切この中つ国には存在しない、そんな平和ボケしたような世界のお話です。あえて言うなら、これはフロドのサムに対する気持ちと、それを受け取るハメになった庭師のサムの悲劇(もしくは人はこれを喜劇と呼びます)の物語であります。(いえ、それは客観的に見たからであり、フロドとサム当人たちにとってはただただ幸福なお話なのかもしれません・・・)

 

「なあ、フロド、わたしのところで一緒に暮らしたほうがいいよ。」
全てはその一言から始まりました。

 

走り出したらもう誰にも止められないと、ある格言にあります。この場合、その格言がぴったりと当てはまる事例のようでした。ビルボがフロドにその言葉と共に与えた金色の指輪から、庭師サムの災難は始まったようなものでした。つまり早い話がビルボは全く全然ノーマルな、要するにわたくしたちが勘ぐるようなことを意図して言ったわけでもなく、ただ純粋にフロドをこれぞと見込んで養子にしたまでのことですが、言い方が悪かったようです。幼い時に親を亡くして、昔から苦労をしていたフロドはその言葉と美しい金の指輪に、てっきりそれを嫁に来いとでも言われた、もとい、養子とは名ばかりの愛の告白のように受け取ってしまったのでした。しかし待てど暮らせどビルボはいつまでたってもノーマルなちょっと変人なだけのホビットでしたので、フロドが邪推して密かに待つような秘め事は一切起こりませんでした。しかしフロドも立場と一般常識を少しなりとはご存知でしたので、それ以上自分からアタックしようなどとは思わないのでした。どちらかというとビルボはフロドの好みというよりは、もし迫られたら応えてもいいという程度の気持ちだったので特に不便はありませんでした。つまり早い話がビルボとフロドは平和に暮らしていただけなのでした。

 

ある日、ビルボがフロドに庭師のギャムジーじいさんの末の子供を紹介しました。後々はとっつぁんのあとを継いで、この袋小路屋敷の庭を任せようとしている子供でした。ビルボはただそれだけのことでこの小さなホビットを紹介したのですが、まだ妄想癖の抜けないフロドは、見合い、もとい、いいひとを紹介してもらったような気になっていたのでした。しかしフロドもはじめは考えも少なく、ビルボに対しての気持ちとそう変わりませんでした。しかし!二人が出遭ってしまった瞬間に、あの指輪とフロドとサムを巻き込んだ一大騒動?が起こることになってしまったのでした。

 

「フロド、これがサムだよ。とっつぁんのとこの小さい庭師だ。可愛がっておあげ。」
フロドはビルボの横に立って、とっつぁんと向かい合っていました。きらきら太陽の光がホビット庄に降り注ぐ、大変気持ちのいい日でした。ん?とフロドは思いました。どこからそんな素敵なホビットが紹介されるのだろうかとわくわくしていましたが、いつまでたってもどこからもホビットは出てきません。そこにはとっつぁんだけがいるように見えました。しかし次のとっつぁんの言葉で、もう一つの小さな存在をやっとフロドは知ることができたのでした。
「こら!サム!ちゃんと出てきて若旦那にご挨拶しねえかい!」
その声に多少なりとも脅かされたのでしょうか、とっつぁんの後ろ、というよりはズボンの影から、そおっと顔を出した一人の小さなホビットがいました。
「ええと・・・わかだんな?」
そのくりくりした目、純粋で透明な瞳、金髪に近い細かい巻き毛、少し日焼けした健康そうな顔に、ほんのり赤く染まった頬!それにその甘えるような、伺いをたてるような忠実そうな声!その声を聞き、その姿を見た瞬間、フロドはその小さな庭師にぞっこん惚れ込んでしまいました。
「お前、名は?」
さっきビルボからもとっつぁんからも紹介があったばかりだというのに、フロドはその小さな唇から名前を聞きたくて、そう言いました。もちろん腰をかがめてそのホビットの目線に目を合わせて。
「サム・・・サムワイズ・ギャムジーですだよ、わかだんな。」
サムはとんでもなく恥ずかしそうに、とっつぁんのズボンのすそをきゅっと持ったまま、伏せ目がちにそう言いました。それを見て、またフロドはずっきゅぅぅんと、胸に響くものがありました。
「そう、サムというの。わたしのことはフロドと呼んでおくれ。いい子だね、サムや。」
そう言って、フロドはにっこりと笑いました。今まで誰にも向けたことのないような、とびきりの笑顔で。もちろんフロドは自分の笑顔に自信がありましたから、(現にホビット庄内の女の子たちの目はフロドに釘づけでしたし、おかみさん方ときたら、ねえ、こっちへおいでよ。とまあすごい勢いで誘ったりもしていたのです。それに対してフロドはにっこりと笑顔を作ってうまくすり抜けてきたのです。自信があるのは当たり前でした。)これでサムのはじめの気持ちをうまくつかめたのではないかと思いました。ところが、あとからサムがこぼした言葉によると、どうやらそんなににっこり笑わなくてもフロドの顔があまりにきらきらしていて、恥ずかしいやら見とれて何も言えないやらで、サムも大変だったようでした。とにかく、かくしてフロドとサムの二人は出会い、長い道のりを一緒に歩くことになったのでした。

 

さて、ホビット庄での指輪というものは、あまり一般的でない装飾品でした。たまに指輪を持っているおしゃれなお嬢さんもいるにはいましたが、その使い方はイマイチ理解されておらず、ただ単にアクセサリー(それも仕事には邪魔なものですからはめるホビットは少なかったようです。)として使われていたようです。深い意味は何もありません。しかしフロドには、外の情報源であるガンダルフという素晴らしいブレインがついていましたので、人間たちの間で流行っている(のかどうか、習慣とも言えるでしょうが)結婚指輪という存在を知っているのでした。ガンダルフはこの頃、何の事件もなくて結構暇でしたので、(ではなぜこんなところにいるのか、西からイスタリがやって来る必要はないのでは?というような疑問は意図的に持たないようにしました。)可愛いホビットたちの研究をさらに進めてみようと思い、かなりの頻度でホビット庄に滞在することにしていました。そしてもちろん泊まるところはガンダルフ用のベッドが用意してあり、昔から気の置けない友達であるビルボの家と、勝手に決めていたのでした。さてさて、話は少し前に戻って、指輪の話をしているガンダルフとそれを聞いているフロドを見てみることにしました。
「フロド、ビルボから指輪をもらったそうじゃなぁ。」
「ええ、ガンダルフ。とっても素敵な金色の指輪を。養子になる時にいただいたんですよ。」
「そうか。して、それはどんな指輪なのじゃな?」
「そうですね、金色をしていて、何の装飾もないのですが、それでいて完璧なんです。相当古いもののようなのに、傷一つありません。私はこれを見ているだけで、幸せになるんです。なんだかそれだけでビルボの養子になってよかったと思えてしまうほどのものですよ。でも私は指輪なんてはめませんけどね。」
「そうか、ではフロドは人間たちの指輪にまつわる習慣を知らんのだな?」
「ええ、あなたの言っていることはいつも唐突で良く分かりませんけど。」
そう言ってフロドは少し笑い、そして続けました。
「知りませんよ。大きい人たちはそれをどうやって使っているというのです?」
「そうじゃのう。まずは指輪の形から見るかの。どれ、見せてくれんか?」
「ええ、いいですよ。」
フロドはそう言ったものの、急に指輪を出して他の人に見せるのが嫌な気がしました。なんだかビルボとの関係を(と言っても何もないのですが。)見られているようで嫌だったのです。もちろん、指輪には何の力もありません。エルフが作ったという事実はもしかしてあるかもしれませんが、まさか地下にいるサウロンには作りようのないものでした。
「さ、お出し。」
のろのろとフロドは指輪取出し、机の上にコトンと置きました。なるほど、これは見れば見るほど美しい指輪でした。ただ、普通の指輪と違うのは、それがたいそう古く、何の模様もついていないことでした。
「ふーむ。」
ガンダルフは感心したように少しうなってそう言いました。
「これは素晴らしい品じゃのう。立派なアンティークじゃ。」
「・・・?」
「ああ、いやいや、気にせんでくれ、わしの独り言じゃ。それより、さっきの続きだがの。」
「そうそう、そうでした。続きを聞かせてくださいよ。大きな人たちはどうやってこれを使うんです?」
目をきらきらさせるフロドに、ガンダルフはやっぱりホビットは可愛いなと思いながらも、おもむろにパイプを取り出して火をつけ、いすにゆったりともたれながら話はじめました。
「使うというのではないのだがな、人間たちのあいだでは、指輪は神聖な役目を担っているのじゃよ。愛するものどうしの約束に使われるものなんじゃよ。ある者が、ある者を愛したとしよう。するとな、その人間は、結婚してほしいと思うその相手に、指輪を贈るんじゃ。この指輪のようにまっさらで、何の装飾もない指輪をな。そして、それを受け取った者は、つまりその申し出を受けるということなのじゃ。最近ではなかなか粋な習慣が流行っておってな、結婚を誓い合う時に、指輪を交換し合うという人間たちもいるそうなんじゃよ。それに今はこのような古い指輪を使うことがおしゃれなようでな。町で手に入れようとしても、なかなか高価で手が出なかったり、気に入るものがなかったりするんじゃよ。だからの、フロド。この指輪をお前さんが気に入って、ビルボからもらった時のことはまあ置いておいて、手放したくないほど大切ならば、それ以上に大切な、愛するものが見つかったときにそれを贈りなさい。」
それを聞いてから、フロドはいつかこの指輪を誰かに贈ろうと思い続けていました。そしていつか、何とかして愛するひとに渡そうと心に決めていました。

 

さて、それからしばらく経っていたわけですが、フロドはいまだそのようなひとに出会ったことはありませんでした。もちろん、フロドはこの容姿ですし、心は優しく親切で、頭もきれて賢く、さらにホビット庄一とうたわれたバギンズ家の養子なのですから、もてないはずがありません。しかしそのどのお申し出にもなんだかんだと言い訳を付けて、今まで誰ともお付き合いしたことはありませんでした。一部のお姉さまたちは、それはフロドが『ビルボの』パートナーだからだと邪推するのでしたが、そうではなく、ただ単に、フロドが運命の出会いを待っていただけなのでした。そして、ついにフロドは今日、その相手に巡り合ってしまったのでした。それが男の子のホビットだったとか、年下だったとか、傍目から見ればしもべやら召使のような存在だったとか、雇われ庭師だったとか、そんなことはフロドには一切関係ありませんでした。もともとホビットたちは庭師を大変大切なものとして扱いますし、これくらいの貧乏なホビットたちは他にもたくさんいましたから、フロドはそんなこと全く気にしませんでした。いえ、男の子だったことには多少の問題があるかもしれませんが、フロドはビルボも一人身なので、もし袋小路屋敷を継ぐ人物が必要だったら、同じように養子を取ればいいと考えていましたので、わたくしたちが考えるよりは、ずっと問題がなかったのでした。そして、フロドはサムが成長し、この指輪を受け取ってくれる日がくるのを心待ちにしていました。

 

つづく