19・ゴンドリアン

 

 スメアゴルが消えてフロドがその姿を探そうとしたその時でした。突然、ひゅんひゅんと弓の音が辺りに響きました。何気なく隊列を組んでいた、下の道を行軍する人間たちの列は崩され、じゅうたちは興奮してさらに荒々しい足音を響かせてあらゆる方向に走り出しました。茂みの陰に、フロドは顔までマントで隠された人間たちをちらっと見ました。何が起こったのか、フロドは一瞬で理解しました。彼らは人間たちを待ち伏せしていたのです。サムは獰猛に暴れるじゅうをまだ見ています。フロドは自分の立場の危険さを悟りました。それに、いくら悪い人間だと聞いても、いくらこれからモルドールに向かうのだと聞いても、人間同士の殺し合いを見るのは決して気持ちの良いものではありませんでした。すると一頭のじゅうが、狂ったようにフロドたちの前まで突進してきました。さすがのサムも今度は恐怖と驚きで動けずに目を見開きました。どさっと、重いものが落ちる音がしました。ふたりのすぐ側です。ふたり同時に視線をやると、そこにはじゅうから落ちた黒い髪の人間がいたのです。その人間は、死んでいたのでした。
「わたしたちは長くここに居すぎた。サム!行かなくては!」
フロドはばっと駆け出しましたが、サムはまだ何が起こって自分はどうしたらよいのか分からないようでした。
「サム!おいで、早く!」
今度はフロドが必死でした。ゴラムはどこに行ったか分かりません。そうなった今、フロドはとにかくこの場から離れなくてはいけないと分かりきっていたのです。
「サム!」
その声で、やっとサムも我に返ったように走り出しました。フロドはサムの方を見たまま首を後に向けて走ろうとしました。サムがフロドを見ました。もう前を向いてもサムはついて来れる、そう思って前を振り返った瞬間でした。フロドは何か大きなものに突如として行く手を阻まれたのでした。フロドは大きな手にぐいっと掴まれ、背中から地面に叩きつけられました。痛さと驚きで声も叫びも出ませんでした。
「旦那!」
サムはフロドが危ないと分かったのです。青ざめる暇もなく、相手がどれほど大きく強いものかとも考えず、サムは腰の小さな短剣をすらっと抜き放ちました。そしてフロドの前に立ちはだかる大きな人間に(やっとそれが人間たちだと言う事に気がつきました)向かってゆきました。旦那をお助けしなければ。その一心で。しかしサムもまた軽々と掴まれ、主人と同じように、それよりも乱暴に地面に投げ出されました。
「うぁっ!」
地面に投げ出されてもサムはすぐに起き上がろうとしました。なんとしてでもフロドの身を守りたいのです。それなのに、今度は鋭く長くよくきたえられた剣をサムは咽喉に突きつけられてしまったのです。もう、おとなしくするより仕方ありませんでした。フロドとサムはいっしょに大将とおぼわしき人物の前に引き出されたのでした。
「手を縛れ。」
 

フロドとサムは目隠しをされてどこかに連れて行かれているようでした。背の高い、全身を緑がかったマントや服装で覆った人間たちに囲まれていました。フロドは目隠しをされる前に彼らを見て、まるでボロミアのようだと思わずにはいられませんでした。かれらの背格好や、きらきらと光る鋭い視線、話し方までがボロミアとそっくりなのでした。どこか高貴で、どこかあやうくそして強い。フロドはそう思ったのでした。しばらくふたりは沈黙の中を歩かされました。その歩調は決して遅いとは言えません。ましてやホビットたちただでさえゆっくり歩くのに加え、視界までも奪われているのです。早く歩けようがありませんでした。しかしその連行の様子はそれほど乱暴でも虐げられていたわけでもありませんでした。なにか決まりのようなものを、フロドはその中に感じることができました。会話はできません。フロドはサムの息遣いだけを感じていました。離れてはいません。こんな状況でも、サムと一緒なら。どこかそんな風に考えていたのかもしれませんでした。

そんな状況がどれだけ続いたのでしょうか。フロドはふいに、あの大将らしき人物の声と、周りの声を聞き取れることに気が付きました。少し遠いのですが、確かに会話が聞こえました。
「――やつはどこに行ったのであろう。」
「一緒にいたのやも――」
「何か知っておるやも――」
「――探していたものでは――」
「しかし何であろう――」
「――オークかエルフか――」
「しかしそれほど醜くも美しくも――」
彼らはホビットを知らないようでした。そして、彼らが捕まえようと思っていたのはゴラムのようでした。

「ファラミア」に続く。