20・ファラミア
ホビットたちが縛めから解き放たれ、目隠しをはずされたのはどこか知らない土地の洞窟の中のようでした。かれらの背後には滝が流れ落ち、その音は身体の芯まで揺らしながら響いていました。フロドとサムはお互いに今まで縛られていた手首をさすりながら、ここは一体どこで、自分たちの立場は一体どうなのか、顔を見合わせて黙っていました。すると先ほど自分たちの手を縛れと命令した大将らしい人物がふたりの前にあらわれました。その、背が高く厳しい顔をした人間は、美しい顔立ちと鋭い目をしていました。
「わたしの部下は、お前たちがオークの間者ではないかと言っておる。」
「間者だと!ちょっと待ってくだせえ!」
サムはいきなりの言葉にかなり憤慨して言いました。自分だけならまだしも大切な主人まで縛って目隠ししてこんなところに連れて来ておいてオークの間者など!サムの我慢にも限界がありました。
「間者でなければ何者なのだ。名前と用件をとくとく名乗られよ。」
サムとフロドはその問いにかすかな危険を感じ取り、顔を見合わせて黙り込んでいました。人間というもの全てをふたりは信用した訳ではありません。この者たちが何者であるかを理解するまでは簡単に自分たちの素性を明かすことはためらわれたのです。しかしその人間は、さらに語気を強めて促しました。
「さあ、答えよ。」
フロドは決心したようにまっすぐその人間を見て用心深く話し始めました。
「われらは、はるか西北の地、ホビット庄からまいったホビットです。わたしの名はフロド・バギンズ。そして一緒にいるのはサムワイズ・ギャムジーです。」
その人間は、フロドの受け答えと黙っているサムを見、その主従関係を見出したようでした。そして少し口調をやわらげ言いました。
「ホビット・・・われらの歌にある小さい人であるか、そうかもしれぬことは分かる。」
そして何かを思い出すように言いました。
「かれはそなたの護衛なのか?」
「旦那の庭師ですだ。」
その問いに、実に不愉快そうにサムが口をはさみました。
「そうです。かれはわたしの庭師です。わたしに奉公し、長い間を共にした立派なホビットです。」
「分かった。では聞くが、もう一人の仲間はどこにおる。醜くこそこそうろついておるやつだ。」
ふたりは一瞬どきっとしました。フロドが先ほど聞いた会話と照らし合わせても、どうやらこの問いはゴラムを探す事を目的としているようでした。明らかにここにいる人間たちはゴラムを探していました。しかし彼らはゴラムがフロドたちの仲間だと考えているようです。それはフロドたちにとってあまりよくないことでした。ですからフロドは一瞬ためらったのち、口を開きました。
「他にはおりません。」
サムは驚いてフロドを見ました。今までの旅の中で、確かにフロドはゴラムを仲間だと言ったことはありません。しかしフロドは常にゴラムを見ており、ずっとそれを信じていてやりました。ですからここで聞かれた問いにも仲間だと答えてしまうのではないかとも思ったのです。その答えはサムを喜ばせましたが、目の前にある厳しい瞳がその答えの真意を探るようにフロドを見たので、落ち着かない気持ちになりました。しかしそれでもフロドは、はっきりと言葉を続けました。フロドは真実を必要な分だけ語る賢さを持っていました。たとえそれが見破られていようとも、これ以上余計なことをしゃべらない分別は十二分にありました。
「わたしたちは裂け谷、人によってはイムラドリスと呼ばれるところから来ました。わたしたちの仲間は他に7人おりました。そのうち一人をモリアで失い、残る者たちともラウロスの上流で別れました。そのうちふたりはわたしの縁者であり、ドワーフ、エルフが一人ずつおりました。それに人間が二人おりました。アラソルンの息子アラゴルンに、ボロミアです。」
ボロミア――その名前がフロドの口をついて出た瞬間、フロドは目の前の人間の瞳の中の何かが色を変えるのを見ました。それはフロドにはどんな感情なのか分かりませんでした。憎しみなのか、愛情なのか、憂いなのか、悲しみなのか。そのどれもが混じったような表情をしたのでした。
「かれはゴンドールの南の都、ミナス・ティリスから来たと言っておりました。」
「そなたはボロミアの友人なのか?」
突如、彼の言葉に熱がこもりました。しかしその言葉はフロドにとってどれだけ辛いものか。それが分かる者は、ここにはサムただ一人しかいませんでした。サムが心配そうにフロドを見ました。フロドの顔はやや青ざめて見え、思い出したくない思い出の箱を、またひっくり返されているようでした。
「はい、そう思っています・・・少なくともわたしは。」
「ではそなたは悲しむだろう、彼が死んだと聞けば。」
ホビットたちは驚きに目を見開きました。フロドは警戒心も一瞬忘れ去り、夢中で聞き返しました。
「死んだですって!あの方が死んだと言われるのですか。そしてそれをご存知だと?あの方はどういう風にして亡くなられたのです?どうしてあなたはそれをご存知なのですか?」
「彼の死に方について、わたしは彼の仲間であり友人であった者が話してくれると期待していた。そしてそなたがその者だと思っていたのだが。」
そこで彼は一瞬不思議な色を瞳に浮かべました。
「わたしの名はファラミア。ボロミアはわたしの兄だった。」
「ファラミアとボロミア」に続く。 |