13・英雄の決断

 

サムは長い長い悲しみの波から足を引き上げ、とうとうフロドの側を離れようとしました。そっとフロドの光を失った目を閉じ、その深い透明な蒼が見えなくなるのを静かに見送りました。そのきらめきはまだ見たことのない海に沈む陽のようだと、サムはどこかでそう思いました。そして長かった思考の末に導き出した答えを実行に移しました。フロドの首からその鎖を取り出し、指輪をそっとはずしたのでした。
『これで、少しは軽くなりましただか?安心して下せえとは言えねえですだが、おらが、ここからは運んでいきますだよ。そしたら――』
サムが最後の別れの言葉を言おうとしたその時でした。サムの目に、フロドの瞳の色ではない青い光がかすめました。つらぬき丸です。そう、オークたちが来たのでした。
 

「何だいこれはよ。」
「シェロブの婆さんがまたお楽しみの最中みなんだろうよ。」
「ふん、死んでるのかよ、つまらねえな。」
 

その様子を、サムは岩陰からじっと息をひそめて見ていました。もしフロドのその冷たくなった身体に、オークたちが乱暴でもしようものなら、全部を倒す覚悟でそこに躍り出ることも辞さないつもりでした。しかしオークたちの口から出た醜い言葉の羅列は、サムの頭をがんと殴るのに十分すぎる威力を持っていました。

「いいや、これは死んじゃいねえよ。婆さんは生かしておいて血を吸うんだ。生きたまま、新鮮なやつをな。」

『何だと?!フロドの旦那は死んでなさらんだと!なんてこった、おらは馬鹿だ!ホビット庄一の大馬鹿野郎だよ、サムワイズ・ギャムジー!そうだよ、おめえ蜘蛛のやつがぐるぐる巻きにした獲物をどうするかも、知らねえはずがねえだろう?ちっこい時によく見ただろ?おらの家にいた蜘蛛とおんなじだよ!旦那は生きてなさるんだ!』

しかしそこで飛び出さないだけの分別をサムは持っていました。どうやらオークたちは(大きさや顔つきが違うのが二種類いるように見えました)乱暴をする様子も見られません。サムの頭は今まで凍っていたのが溶け出したように回転を始めました。フロドを助けること、指輪を返すこと、フロドを取り戻すこと、知られずにオークの後をつけること。急速に色々考えすぎて、サムの小さな頭は破裂しそうでした。

「何でもいい、運ぶんだよ、塔へよ。小さいやつは全部運べと命令されてるんだ。分かったら運べ!」
「うるせえ、行くぜ。あとちょっとで目を覚ますだろ、そうなったらめんどうだ。静かなうちに行くか。」
「ああ、そうだ。今のうちにいい夢みさせとくんだ。死んじまったほうが良かったって目をみさせてやるぜ。」
「これはどうするよ、エルフの剣みてえだ。」
「そんなもんいらねえよ。け、持つだけで臭えエルフの臭いがしてくら。」
 

そうしてオークたちがフロドを担ぎ上げて歩き出した後、サムはこっそりと岩陰から降りてきました。そこにはフロドのいた跡と、そしてつらぬき丸だけがひっそりと残されていました。サムはぐっとつらぬき丸をつかみ、怒りに燃えた目をその先にある塔に向けました。
「今行きますだよ、フロドの旦那!」

「塔の中の争い」に続く。