18
読書
ごちそうを食べ終わるまでには、随分とたくさん話せることがありました。今日一日の小さな冒険のお話をです。大体はフロドがしゃべり、メリーが付け足し、ピピンがちゃちゃを入れ、サムが訂正をしました。もちろん今日の花畑と逃走のことがメインです。ビルボはその間中、にこにこと笑って4人を見ていました。やっと全ての夕食が片付き、デザートも綺麗になくなった頃に、今日の話も終わりました。
「ふうー、お腹ふくれた。」
「あいかわらずいい腕してますねビルボ。」
「おいしかったですよ。」
「あのサワークリームの作り方を後で教えていただけますだか?ビルボの大旦那。」
それぞれ満足のため息をつき、めいめいお皿を片付けました。
きれいに全てが片付いた頃、みんなは火のついていない暖炉のまわりに集まりました。誰が集まろうと言ったのではありません。それはむしろ集まるのが自然なようでした。
「さて。何か読もうかね。」
ビルボがそう言って、ふんわり笑いました。どこかフロドに似ているような、でもそれよりも年をとっていて、温厚なやわらかい微笑みでした。夜になって少し冷えてきました。薄着の4人はタオルケットを客用の寝室から持ってきて、すっぽりとかぶって3つのソファーに座っていました。真ん中にビルボが一人で。その脇にある二人がけにフロドとサム。客用の少し良いのにメリーとピピン。それは昔からの定位置なのでした。その場所で、4人はビルボの話の始まるのをじっと待っていました。かれらは、たいていのホビッとがそうとは思わないのに、ビルボの話を聞くのが大好きでした。
「今日は何の本がいいかなぁ。」
「エルフを、エルフのお話がいいですだ。」
サムがいつもの通りそう言いました。
「またかい?」
そう言ったのはメリーでしたが、フロドはただ、目をきらきらさせている傍らのサムをにっこり笑って見つめました。
「変わってないね。」
そう言って、ビルボもふふっと笑いました。
「他にご希望はないかな?」
「それでいいよ。」
ピピンはなんとなく夢の中のようなとろんとした目でそう言いました。早くお話が聞きたかっただけかもしれません。
「そうだね。じゃあエルフの話をしよう。」
サムは何も言いませんでしたが、身体を前のめりにさせるようにして耳を傾けました。
「この前は、どこまで話したのだったかな。わたしの冒険のお話さ。」
そう言って、ビルボは古い分厚い本を膝に載せてぺらぺらとめくってゆきました。
「わたしの冒険も、いつか本にしようと思っているのだけれど、この本はもっともっとずーっと昔のエルフやこの世界のお話が書いてあるんだよ。この中に、わたしの冒険の中でであったエルフが歌っていた歌の一節を見つけたんだ。それはそれは美しい調べと声だった。」
そう言って、ビルボはじっと本を見つめました。
「ああ、あったあった。ここからだ。エルフの歌のことだったね。私はエルフ語が分かったから、その言葉の意味もなんとなくは分かっていたのさ。でも、この本を読んで、もっといろんなことが分かったんだ。それはそれは哀しいお話だった。歌にお話が隠されていたんだよ。ひっそりと、森の間から聞こえるような歌にね。それはきれいなお話なんだ。」
こうして夜はだんだん更けてきました。美しいエルフの話はいくら読んでも尽きることはなく、ビルボの口から出るエルフ語は、それでも十分に美しいものでした。サムは心が全て奪われたような目をして聞いていました。メリーとピピンもおとなしくしています。フロドもどこかうっとりとそれを聞いていました。
「さあ、今日はこれでおしまいだよ。」
そう言って、ビルボが本を閉じてしまうのが惜しいくらいでした。はっと現実にかえったような気分になった4人は、ふうーっと大きく息をはきました。心が、なんだか綺麗になったような気がしました。
続く。
|