Chill and nursing

 

 これはある寒い冬の日のできごとです。

 

 その日、朝サムが起きると酷い頭痛がしました。起き上がり、いつものようにお屋敷に行こうと思いましたが、ううっという呻き声がかすれて出ただけでした。身体の節々は傷みますし、のどはかれてしまって声が出ません。頭はぼーっとして考え事ができませんし、鼻水は止まらず息が苦しいのでした。そう、サムはこの冬はやりの酷い風邪にかかってしまったのでした。
「しょうがねえ。今日は寝てな。」
とっつぁんが、寝床の中で、お屋敷に、おらの庭が、旦那ぁと、うなっているサムに言いました。そんなこと言われたってよおめえと、とっつぁんは思いました。おとなしく寝てるこったな。サムにきつくそう言い残し、とっつぁんはお屋敷にことの次第と今日は庭師稼業を休ませてもらうことを伝えに行きました。

 

 とっつぁんからサムの病状を聞いたフロドは、もういてもたってもいられなくなりました。今まで風邪をひくのはフロドの専売特許みたいなもので、まさかあの健康で元気なサムが風邪をひくとは思っていませんでした。ですからサムはよっぽど悪い風邪につかまったのだとフロドは思いました。今年の風邪はそれはタチが悪いと聞いています。ですからフロドはいつもサムが自分にしてくれるような、暖かい看護をしようと、そんなめっそうもねえ、いや、寝てりゃ治るもんですだよ、というとっつぁんの言葉も聞かず、サムのもとへと駆けて行きました。

 

 フロドがコンコン、とサムの部屋のドアを叩くと、そこから返事はありませんでした。あれ?と思い、そっとのぞいてみると、そこにはサムが真っ赤な顔をちょっと布団から出して、熱にうなされて寝ていました。とっつぁんとサムの家族の対応は実に適切で、サムは質素だけれど暖かそうな布団と毛布に埋もれるようにして、額には清潔な濡らした布をのっけて寝ていました。フロドは、サム!と言って駆け寄り、布を取り替え、そっとその額に触れました。なんて熱いんだ!とフロドは思いました。するとサムがうっすらとうるんだ瞳でフロドを見上げました。
「あれ?旦那?」
フロドは自分にサムが気がついてくれたことが嬉しかったのですが、病人にこれ以上話をさせてはいけないと思ったので(その瞬間にもサムは数回咳き込みました)サムの耳に障らないようにそっと優しくささやきました。
「お前はゆっくりお休み。今日はわたしが看病するよ。」
そしてサムはにっこり安心したように目を閉じました。サムが再び寝てしまうと、フロドはさて、何をしてあげようと思いました。ほとんどのことはサムの家族がやってくれています。ここでサムのために暖かいスープを作ってあげるような料理の腕前はフロドにはありません。困り果てたフロドにとっつぁんが言いました。
「こんな時のサムのやつぁ、りんごが一番好きなんで。」
そこでフロドはにっこり笑ってとっつぁんにお礼を言い、多少危ない手つきでりんごをむいてサムに持ってゆきました。サムはまたフロドが入ってくると目を少し開けて無理に微笑もうとしました。
「こらこら、無理に笑うとまた咳が出るよ。ほら、りんごだよ。さあお食べ。」
サムははじめ、何も食べたくなくていやいやと首を振りましたが、フロドが一口サイズにしてくれたりんごを食べさせてくれたのがあまりに甘く、しゃりしゃりと食べ始めました。それを見て、フロドはよかったと思い、食べ終わったサムをもう一度寝床に横たえて布団をかけてやりました。
「はやくよくなっておくれ、わたしのサム。」

 

 次の日、サムは元通り元気になり、たいそうフロドを喜ばせたそうです。

 

おわり