Bourgeois?
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これは、ブルジョワな旦那方と、なかば虐げられている?サムのお話です。(中つ国にブルジョワなる言葉があったかどうかは定かではありません。)
ある日フロドはメリーとピピンを袋小路屋敷の夕食に招待しました。ビルボもそうでしたが、かれがいなくなってからフロドは、そのお屋敷の主人らしく豪勢に振舞うことをおしまないホビットになっていました。ですから今晩の夕餉ももちろんかなり豪勢で、そのうえ量も質もたっぷりしていて贅沢でした。食べ物だけではありません。1本づつ丁寧に作られて花のエッセンスを練り込んだ蝋燭、シルクの(この際絹がミドルアースにあったかどうかは置いておいて)細かい刺繍のついた滑らかなテーブルクロス、銀のフォークとスプーンにナイフはきちんと磨きこまれ、真っ白な皿には凝った装飾がしてありました。もちろんそんな準備にはサムが関わっていたのですが、もちろんのこと、サムはその宴には招待されていませんでした。しかしサムはそれを当然のことだと思っていましたので、特別何も考えずに三人の給仕をしていました。
今日フロドがメリーとピピンを夕食に招待したのはとある裏がありました。それは遥か東方からメリーが手に入れた珍しい香油について、フロドがイロイロと二人に聞くことがあったからでした。その内容はサムには秘密にしてあったのですが、のちのちサムは身をもって知ることになってしまったのでした。
夕食会が終わり、フロドとメリーとピピンは暖炉のある暖かい部屋に、当初の予定どうり密談?をしに行きました。サムは冷え込む台所の流し台で、今日使われた食器や鍋を一人で洗っていました。水は冷たくなってきており、サムはいくら外での仕事で寒さに慣れていると言っても、少し手がかじかむようだと思いました。もちろんサムは今日の給仕をしながら、自分用に取っておいた食事をしましたから満足でしたが、寒いのはちょっといただけませんでした。ここでサムは庭師なのにどうしてハウスキーパーみたいなまねをしているのかと疑問に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、フロドは他にホビットを特別に雇ったりしませんでしたし(もちろんパーティーなどで大勢の人手が要るときは別です。)サムは身分の差から言えば(ホビットは大変保守的な種族です。)それは主人に対して当たり前の奉公だと思っていましたので特に何とも思わなかったのでした。そんなことはさておき、サムは水の冷たさを紛らわそうと、向こうの暖かい部屋から漏れ聞こえてくる話し声に耳をすませようと思いました。と言いますのも、なんだか聞こえてくる声はくすくすとした忍び笑いと、なんだか艶のあるフフフというフロドの笑い声といったような、なんだか心をくすぐられるような不思議な会話だからでした。しかしサムは会話が完全に聞こえてくる訳ではありません。サムが聞いたことはこんな感じでした。
「ねえー、なかなかいいものでしょう。なにしろ・・・で・・・な方法で手に入れたものですからねぇ。」
「へえー、あいかわらず君のそういう・・・なところは尊敬に値するよメリー。」
「でしょ?フロド!メリーったら・・・だから。」
と、ここでくすくす笑いがありました。
「ところで・・・みたのかい?」
「ええ、そりゃもう。」
「ええっ!本気で言ってるのかい?わたしはまさか君たちが・・・するなんて思わないからちょっと・・・したつもりだけだったのに。」
「僕たちを・・・しちゃいけませんよ、いとこさん。」
「そうだよフロド。ぼくだってもう十分・・・なんだし。」
「そう言われればねぇ。早いもんだね、あのおちびのピピン坊やがもう・・・をする年になったんだから。」
「フロド!そういうところが・・・って言うんですよ。あなたは僕たちの・・・な関係だって随分昔から知ってるじゃありませんか。」
「そうだったっけ?」
「どこまでからかってるんですか、もうー」
とまたここで笑い声。
「いやいや、今日は別にからかいたくて呼んだ訳じゃないよ。」
「分かってますよ、これを・・・との・・・に使いたいんでしょ?」
「うわっ!メリーそんな・・・なこと言ってるよ。いいの?フロド。」
「うーん、まあ許そうか。だってわたしが・・・と・・・で・・・したいのは本当なんだから。」
「キャー!フロドまでそんなこと言って!ぼくもう帰ろうかな。」
「こらこら待ちなさいピピン!君の意見も聞かなきゃ・・・がどう・・・するかわかんないじゃないか。」
「ええっ!そんな・・・なことまで聞くんですか、いとこさん。」
「もちろんだよ、さ、お話し。」
ここでフロドの恐ろしいほどの微笑みがありそうだとサムは思いました。あの独特の青い目を一瞬どす黒くした凄みのある、ひとに否と言わせない美しい微笑みです。そしてサムはなぜだか背筋がぞくっとしました。それは水の冷たさだけではないように思えました。そこでサムは皿洗いを終えたので、手をタオルで拭いて、夜の談話用にワインを取りに少しフロドたちのいる部屋から離れました。話し声は壁と床に吸い込まれて聞こえなくなりました。
さて、サムがワインとグラス3つを持って暖炉のある例の部屋に行きますと、フロドがにっこり笑って言いました。
「やあご苦労様、サムや。」
しかしそれ以後、そこは急に言葉を隠したように静かでした。さっきの会話の内容もイマイチよく分かっていないサムでしたが、これは何だか怪しい雰囲気だ、と思いました。というのも、サムが部屋に入るとメリーの視線はふいにフロドからそらされて何もない方を向きました。ピピンは逆に入ってきたサムをまじまじと見て、うーんと考え込み、何かを想像しているようでした。フロドはいつもに増して何をたくらんでいるのか分からない微笑みでサムを舐るように見ました。うひい、どうなってるだ。おら、こんなとこいられねえだ。とサムは思いました。沈黙を破ってピピンが言いました。
「ねえフロド。ぼく考えてみたんだけど、やっぱりサムじゃあメリーみたいになるなんて想像できないんだけど。」
「ひどいなぁブランディバックの若旦那は。サムだってすごいんだから。」
サムは何がすごいんだと思わず突っ込みそうになりましたが、それを言ってしまったらとんでもない発言がフロドから飛び出すと本能が止めましたのでやめておきました。
「それにわたしは君よりもずっと・・・フフフ・・・敏感だと思うし。」何がフフフなんですだか!?何の話をしてるんで?!フロドの旦那ぁ〜、何がそんなにおかしいんですだーーー!!!サムはとりあえず頭の中がパニック状態になり、ワインをお客様と主人に出すのを忘れて呆然としていました。
「ほらいとこさん!サムが困ってますよ。グラスを受け取ってあげたらどうです?」
メリーがやっと視線を戻してそう言いました。
「そうだねえ・・・。」
何かを値踏みするようなフロドの発言に、メリーはとっておきの起爆剤を仕掛けました。
「僕たちが試したところによりますとね、緑竜館の帰りの方が効きましたよ。」
「そうかい?それじゃぁ・・・サムや、お前の分のグラスも取っておいで。一緒に飲もう。」
「へ・・・?へえ。」
相変わらずサムは会話が見えませんでしたが、言われたとおりにご相伴にあずかろうと思いました。(というのも、このワインはフロドがこの日のためにとっておいたとびきりの上物だからでした。)サムが部屋をあとにすると、背後からまたあの笑い声が聞こえてきました。
「一体なんだってんだ、旦那方は。」
そんなことを言っていましたが、グラスを持って来て、一緒においしいまろやかで香り高い年代もののワインを飲むうちにすっかりいい気分になり、そんなことどうでもよくなってしまいました。
その晩は、メリーとピピンが帰るまではとても有意義で楽しい時間でした。ワインは美味しいし、旦那方の話は面白くためになりました。サムの大好きなエルフの話も、この3人ならたくさん知っていて話してくれます。暖炉の火は暖かく、ソファはふんわりと気持ちよく、ほろ酔い気分でサムはもう先ほどの会話がおかしかったことなど忘れて幸せ気分に浸っていました。今晩はきっとメリーやピピンがお屋敷に泊まるのでしょう。それにとっつぁんから「お前も泊まって旦那方のお世話してこいや。」と言われていたので家に帰る必要もありません。もうすでに昼間の内にメリーやピピンの寝床の仕度も終えていたサムは、このまま自分に宛がわれた部屋できっと今日もいい夢をみるのだろうな、と思っていました。
ところがところが。次の旦那方の一言で、サムの運命は決まってしまいました。(と言うよりはフロドに決められてしまいました。)
「さあ、君たち。そう、メリーとピピンのことだよ。もう帰る時間だ。」
「そうですね。もうそろそろですか。」
「きっと良い星が道々見られるよ。」
「まあそういう事にしておいてあげましょうか。」
「そうだねぇ。」
「ええっ!?どうしてですだ?メリー旦那にピピン旦那、ベッドの用意はできてますだ。もう遅いですし・・・」
ほろ酔いサムには旦那方の意味ありげな目配せが分からなかったので、本当に驚いて言いました。しかし庭師の立場では「どうぞお泊りになってください」とは言えないのでした。(ここはフロドの家ですから。)
「いいんだよ、サム。二人は帰りたいんだってさ。」
「へ?そうなんで?」
「そうそう、ぼくたち帰りたいんだ。」
「でも、ピピンの旦那・・・」
「いいからいいから。」
そうしてサムの口はふさがれ、フロドは二人を見送りに玄関へ、メリーとピピンはそそくさと外へと出てゆきました。
2に続く。
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