夜明けのない国 purple 3

 

 三日目にキノは、大きなサイレンの音と、足元が激しく揺れる感覚で目を覚ました。
『国民の皆様にお知らせいたします。ただ今、火山活動が原因と思われる地震が発生いたしました。火山活動が再開される可能性があります。国民の皆様は、すみやかに地域ごとに非難をして下さい』
「・・・!」
揺れはしばらく続くと、一旦おさまった。キノはばっと飛び起き、そしてはっとして周りを見渡した。そこは、明るい光に照らされていた。陽が燦々と差し込む、キノにはいつもと変わらない朝日だった。
「朝日が、さしてる・・・『屋根』が落ちたんだ」
そうつぶやいたキノの足元は、再びぐらっと揺れた。
「これはちょっと、いやかなりマズいと思うよ」
「・・・そうだね」
そうしてキノは昨日の夜まとめておいた荷物をエルメスに急いでくくりつけ、宿を飛び出そうとした。しかし宿を一歩出たところでエルメスを止め、宿の中に走り込んで行った。
「キノ!早くして!こんなところで部品の形すら分からないスプラッタ以下になるのはごめんだよ!」

 キノが駆け込んだ部屋には、老人が一人で座っていた。その手は、そっと白骨と繋がれていた。
「逃げて下さい!この山は噴火するかもしれないんです」
キノの言葉に答えはなく、老人は静かに窓の外を見た。そこには、紅色と、群青色と、青と、赤と、それらが混ざった紫色と。それはとても表現できないような、美しい暁の空が見えていた。
「・・・綺麗だな、ばあさん。こんな綺麗な色は、初めて見たよ。ばあさんが、ずっと見たがっていた色だ」
「この国の外にいれば、いつでも今日みたいな朝日が見られるんですよ?それでもここに留まると言うのですか?」
キノは、ほとんど怒鳴ってそう言った。しかし老人は動かず、ただ愛おしそうに白骨の頬を撫でた。
「ああ、それでもさ。わしのいる場所は、ここだけだ。温かくて、ともる街の灯が綺麗で、ばあさんがいる。だから、なあ・・・」
キノを見上げた老人の目には、涙が朝日に照らされて光っていた。その色は眩しすぎて、キノは長いこと見ていられなかった。
「だから、なあ、旅人さん。ばあさんと一緒に、ここで眠らせてくれや」
老人に背を向けたキノは、もう二度とその場所を振り返らなかった。

紫色の煙の合間から、朝日が強くさしていた。朝日を背に、高くそびえる山の裾野を一台のモトラドが蛇行しながら走っていた。地面がまた強く揺れた瞬間、遠くで火の柱がたった。そしてモトラドは大きく傾き、旅人も身体を傾けた。ざりざりとタイヤと地面がこすれる音がして、大小の石が道の脇に飛び散った。
「ずいぶん乱暴な運転だけど、文句は言わないのかい?エルメス」
少し高めの声が感情のにじまない声で言った。
「まあね。噴火に巻き込まれるよりは、キノの運転の方がまし」
さらに高い、少年のような声が答えた。
「そう」
それからは沈黙が続いた。だんだん遠ざかる火山の中に、ぽっかり口を開けたような暗い場所はもうなかった。

太陽が真上に昇ってまた沈みはじめた頃、長い沈黙を破ってキノが誰に言うでもなくつぶやいた。
「さいごに、一番綺麗な陽を見られたのかな」
「何のこと?」
「なんでもないよ、エルメス」
そしてキノは、夕暮れになりかけた空を見た。そこには橙色と、紺碧色と、青と、赤と、それらが混ざった紫色と。そこにはとても表現できないような、美しい空が見えていた。

「山道にて」へ続く。