プロローグ 「山道にて・b」
―reminiscence・b―
いつの間にかゆっくりになった速度で、モトラドは急な山道の曲がり角を滑らかに進んでいった。
「今まで一体、いくつの国で何人のひとたちと出会ってきたんだろうね、エルメス。悲しかったり、美しかったり、愚かだったり、素晴らしかったり。でもそのどれもが、どこかあたたかいんだ。どれだけ酷い目にあっても、死にそうになっても、人をこの手にかけても、そこにはどこか何かが心に残るんだ。もう、忘れてしまった事だって沢山あると思うし、忘れないでいるのは難しい事だって知ってる。それに、忘れないでいるのは時には少し苦しすぎるから。でもボクは、そこにあったあたたかさだけは、どこかで覚えていたいと思うんだ」
「で、そのせいだって言うの」
「まあ、そういう事になるかな」
「思い出のせいにしてる」
「そうじゃないよ・・・いや、そうなのかな?ボクの中に思い出があるから、苛々したり、嬉しくなったりするのかもしれない。たとえそれがどんなに悲しくても、どんなに救いがなくても、そこはボクにとってどこか大事なものたちがあったり、ひとたちがいたりした場所だと思ってしまうから、知らないうちに足が向いてしまうのかもしれない」
感情のにじまない声でキノが言った。
「ふーん、よく分からないや」
「うん、それでもいいよ」
キノは少し微笑んで言った。
「そのうちのどれかが、本当に大切な場所なのかもしれないし、そんなものはないのかもしれない。だからボクは、そんな場所を見つけたくて、旅を続けているのかもしれない」
そう言って、キノは山の頂上を仰ぎ見た。そこにはぽっかりと、大きな穴が開いていた。
山道は、もうしばらく続きそうだった。
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