プロローグ 「山道にて・a」
―reminiscence・a―
「なんか、最近多いよ、キノ」
見通しの悪い、曲がりくねった林間道を、一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)がかなりの速さで走っていた。
「何がさ、エルメス」
キノと呼ばれた旅人が、山際を目で追いながら言った。
「山道」
「それがどうかした?」
「山を走るのは別にいいけど、キノの運転が荒くて嫌になる」
「そうかなぁ」
キノが少し首をかしげると、ギャリっと一際大きく嫌な音があがり、抗議の声がさらに大きくなった。
「そうさ!今みたいなのが嫌。キノのいいかげんな運転のおかげで小石や砂利は入り込むし、タイヤは消耗が早いし、何だかキノの機嫌は不安定だし・・・」
「でも、いつも山を抜けたらちゃんと丁寧に整備してる」
エルメスにかぶせるように、キノが言った。
「そういう問題じゃない」
「でもボクは、山が好きだ。山は旅人を生かしてくれる。火山は温泉を提供してくれるし、木々は姿を隠してくれる。水だってあるし、薪にも困らない。食べ物は冬ですら豊富だし、それに・・・」
まだ何か言いたげなエルメスをよそに、キノは嬉しそうな、悲しそうな声を出した。そして途中で口を閉じ、まっすぐに前を見た。
「まだあの国のことを考えてるの?キノ」
「違うよ、エルメス」
少しだけ、沈黙が流れた。
「ただ、期待してしまうんだ」
「何をさ」
「・・・あたたかさ、かな・・・」
|