坂のある国  What I learned 3

 次の日、まだ明るくならないうちに、キノはエルメスを引いて城門の前にいた。朝もやが、あたり一面に広がっていた。城門から、丘の頂上が見えた。いつもと変わらない朝に見えた。しばらくすると、次第にあたりは明るくなったが、もやはまだ消えなかった。そして、昨日と同じように人間を乗せた馬車の音が聞こえてきた。重い音をたて、城門が開き、キノはそれを見たが、ためらうことなく歩き出した。そして、一度も振り返ることなく、その国を去っていった。

 

 一台のモトラドが、朝日の中を走っていく。露に濡れた草原は、新緑に輝いていた。緑の美しい草原は、どこまでもどこまでも続いていた。モトラドに乗った旅人は、白いシャツを、草原を渡る風に弄ばせていた。空の青と緑のコントラストが、目に痛いほど鮮やかだった。旅人の髪は、短く黒い。目の色はふちの銀フレームが剥げかけたゴーグルで覆われており分からない。たれのついた帽子はあごの下でとめられ、その口元は引き締まっていた。
「彼女は、もしあの彼女に会わなければ、どうなっていたんだろう」
旅人が小さな声で言った。
「どっちの彼女が?」
「・・・どっちも」
「さあ。でも長生きはできないね、きっと」
しばらく、風の音だけが耳に心地よく聞こえていた。
「もしもあの時、ボクが抵抗してたり、彼女を撃っていたりしたら、何か変わったかな?」
もう一度、旅人が口を開いた。
「過去を仮定することは、生産的な考え方じゃないね」
モトラドが答えた。旅人は答えなかった。

 

 

 

 キノが三日目の朝、夜明けと同時に起きてまず向かった所は、坂の上だった。坂の上は、とても静かだった。屋敷の周りには、血まみれの男達が倒れていた。
「どう?」
「みんな死んでる」
「見事なもんだね。キノもこんな風にできた?」
「・・・・」

 

 屋敷の中も、静かだった。見張りも使用人も、みな殺されている。そしてキノがたどり着いたのは、屋敷の一番奥の寝室だった。その部屋には、誰もいなかった。部屋の中に、大きな血だまりがあった。しかし、それを流した者は見当たらなかった。
「ここじゃないみたいだね」
「・・・うん」

 

 彼女たちは、坂の一番下で見つかった。彼女たちは、城壁にもたれて眠っているように見えた。咽喉もとから流れ出た真っ赤な液体を見なければ。そして、どちらも幸せそうな顔をしていた。彼女の手には、キノのナイフが握られていた。昼間、彼女に奪われたナイフが。
「返してもらいます」
そうして、キノは彼女の手からナイフを取り、彼女の服でその血をぬぐった。そして、ナイフをしまい、その場を去った。

 

 

 

「ボクは・・・神さまじゃなかった」
旅人が、さっきよりも小さな声で言った。
「あたりまえ。キノはキノ」
少年のような声がした。キノと呼ばれた旅人は、何も答えなかった。

 

「坂に続く道」に続く。