エピローグ 「坂に続く道・a」
―the
jinx・a―
「ねえ、いいかげんにどこかの国に向かおうよ」
少し汗ばむくらいの陽気の中、一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が丘陵地帯を縫って走っていく。岩や砂の多い、赤茶けた地面にモトラドのタイヤが跡をつけ、そして自分で巻き起こした砂埃でそれを消していく。
「ねえってば、キノ。もう燃料も少なくなってるし、ライトだって点滅してて気持ち悪い。それに食料だってずいぶん古くなってる。それにブレーキが・・・」
「燃料はこの丘陵地帯を抜けるまではもつよ。そんなに点滅するのが嫌なら、これから夜は走らないようにするからライトがつかなくても問題なし。それに食料は、今のところ食べられるんだから別に構わない」
エルメスの言葉にかぶせるようにキノが早口で答えた。
「そんなこと言って。坂が多いから避けてるだけなんじゃない」
「・・・・そんなことはない・・・と思う」
「いいかげんに忘れたら?人間は忘れることが出来るから生きていられるんだよ。誰かが言ってた。人間は忘れる動物であるってね。まあ、忘れる以上に覚えることである、とも言ってたけど」
「別にボクはこだわってるわけじゃないよ」
「じゃあ次の国で止まって」
「・・・・」
目の前に、山道に多い鋭いカーブが見えてきた。キノは速度を落とそうとして、落とせなかった。
「とにかく。ブレーキのききが悪いんだってば!」
エルメスがそう言い終わる前に、キノは遠心力でエルメスから荷物ごと振り落とされた。
「・・・!」
受け身を取って草むらに転がったキノに、横倒しになったエルメスが言った。
「だから言ったのに」
「先にそういうことは言っておいてくれても良かったのに・・・」
「何か言った?」
「別に」
キノがひとつため息をついて言った。
「分かったよ、エルメス。次の国に入国しよう」
「素直じゃないんだから、もう」
次の国も、坂の多い国のようだった。
「とてもよさそうな国だねキノ」
簡単で効率のよい入国審査を受け、城門を入ってしばらく行ったところでエルメスが言った。
「さあ、どうだろう」
キノが、感情のにじまない声で言った。
「だって、道は整備されてるし、建物も街もきれいだし、人々は親切で穏やかそうだし」
「3日いれば分かるよ。いつもみたいにね」
「モトラドの目が信じられないんだ」
「そう言う訳じゃないけど・・・でもねぇ」
「ごうじょっぱり」
「ボクは、絶対にそうだと分かるまで自分の考えを固めないようにしているだけだよ、エルメス」
沈黙が、少しだけあった。
「まあ、ちょっとは思い出したけどね」
「あの国ね」
「うん」
「でもここはいい国だってば」
「・・・・うん。だといいな」 |