同じ国 love her 3

 

「どうなったんだろうね?」
何もない、ただ淡い緑色だけが広がっているだだっ広い草原の中を、一台のモトラドが走っていた。見渡す限り草ばかりで、タイヤの下には道とは言い難い道が細々と続いていた。草原はもうすぐ、傾きかけた日の光で紅色に染め替えられようとしていた。
「何がさ、エルメス」
少し経ってから、キノが答えた。
「あのクローンさんと、兵隊さん」
「さあ、ね。どうなったのかな」
そうしてキノは、遠くを見渡した。
「あ、あそこが良さそうだ。今日はあそこまで走ったら休もう」
ずいぶん先に、古い建物の壁だけが残ったようなものが草に埋もれそうに建っているのが見えた。
 

 その場所にキノがたどり着いた時、そこには既に焚き火を熾している先客がいた。
「あら、旅人さん。一緒にお話でもしませんか?」
どこかで聞いたその声の持ち主は、顔が醜く歪んで引き攣れたようになっている女の人だった。
「ええ、喜んで」
キノはにっこり笑って、焚き火の向かい側に腰掛けた。
 

「私の顔は、醜いでしょう?」
携帯食料を食べ、缶のスープを温めたものを飲んだキノと彼女は、お茶のカップを片手に焚き火を挟んで黙って座っていた。突然彼女が、そう言った。
「・・・いいえ」
キノがそう言うと、彼女は少しおかしそうに笑った。
「ふふ、無理しなくていいのよ。自分でも分かっている事だから。」
その声は明るくて、そしてどこか優しかった。少しだけ困ったような顔をしているキノに、彼女は静かな声で淡々と話を続けた。
「私の国には、ある特殊な制度があったの。自分の身に対する『保険』を、生まれた時にかけるのよ。保険の内容は、自分のクローンを作る事。それが希望する国民に対して行われていたわ。その保険は、親が自分の子がまだ幼児の段階で決めるの。私の母も、私に保険をかけていたわ。父が、私が生まれる前に死んでしまったから、母は私にどんな事があっても生きてほしいと望んでいたの。だから、私がこの怪我をした時、母に言われたわ。『大丈夫よ、あなたには保険がちゃんとかけてあるわ。だから、皮膚を移植してもらえるわ。大丈夫』って」
そう言うと、彼女は一口お茶を飲んだ。
「でも、書類を提出して、国からの許可が出ても、結局私の保険は降りなかった。その理由は分からないわ。どうしてだか分からないけれど、何か不具合があったらしく、クローンが提供できない状態にあるって後で言われたの」
キノは表情を変えずに彼女に言った。
「それほど医療が発達している国でしたら、他に方法はなかったのですか?『保険』を使わなくても済むような」
彼女は、にっこり笑って言った。
「あったかもしれないわね。でも、私には無理だったわ・・・。私は、自分で言うのも笑ってしまうのだけれどね、私の国では有名人だったの。自らのスタイルや、顔の良さを売りにする類の・・・ね。だから、クローン以外の方法で治してしまうと、醜聞は避けられない。母は、それを極端に嫌がったわ」
「だから旅に出た・・・と?」
「いいえ、違うわ。私は、その生活が嫌だったの。いつも人の視線にさらされて、知らない人たちに焦がれられて。壊れ物のように大事にされて。そんな事、もうやめたかったの。母には、悪い事をしてしまったと思っているけれど、でも、私は今の私が好き。だから、私は国に少しだけ感謝しているわ。こうやって、醜くなってはしまったけれど、自由を私にくれたのだから」
「そうですか」
そうして彼女は小さく微笑んだ。

   

そしてそれからどれほど経ったか分からなくなった頃、キノはまた同じ声を持った人と、その横に寄り添うように佇む男に出会った。
「あら、旅人さん。あなた、不思議な服を着ているのね?」

 

おわり