無駄のない国 No waste !

 

 小さな島国が長い橋でつながれている、一風変わった道路を一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走ってゆく。モトラドは軽快とは程遠い、プスンプスンとどこかから空気の抜ける音をたてていた。
「早くしないと動けなくなりそう、キノ」
少年のような声がした。
「でも、この辺りの島国はみんな貧しくて、モトラドの材料なんかないって言われた。いや、怒鳴られたって言った方が正しいかな。何回か襲撃にあったし」
キノと呼ばれた旅人が、前を向いたままそう言った。細い腰にベルトを締め、右腿にハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)を吊っている。歳は十代の半ば。精悍な顔立ちに大きな目が印象的だ。古いゴーグルを、鍔のある帽子の上に押し上げている。その帽子の下からは黒い髪がのぞき、潮風にバサバサと弄ばれている。
「こんな資源の乏しい島国なんだから当たり前・・・か。でも、このまま壊れてこんなところに置き去りは嫌」
「いざとなったらボクがエルメスを押していく・・・のは大変そうだな」
「そんな無駄なこと、キノがしてくれるとは思えないけど」
「あ、でもそんなことしなくても済みそうだよ、エルメス」
キノの視線の先には、今までの島とは打って変わって小奇麗で、豊かそうな島国があった。
「ほら、きっとあそこなら大丈夫さ。とにかく、行ってみよう」
「そだね。モノ肌飯って言うしね」
「・・・ものは試し?」
「そう、それ」
「最近ちょっと苦しいよ、エルメス」
そうして、一台と一人は橋の先にある城門をくぐった。
 

「今までの国が嘘みたい」
「・・・ほんと」
簡単な入国審査を受けた後で国に入ったエルメスが言い、キノもため息をついた。そこには小さいがきれいな国が広がっていた。道端にはゴミなどひとつも落ちていない。機械は発達しており、人々はみな健康そうだ。家々は美しく、豊かな国の香りがした。他の島国では食べるものもろくになく、そこら中に死のにおいが満ちていた。
「美しいでしょう?」
入国審査所にいた一人の兵隊がそう言った。
「ええ、とっても」
「でもなんでこの国だけこんなに豊かなのさ」
振り向いてキノは答え、エルメスも言った。
「はい、ご承知のとおり、この辺りは貧しい島国ばかりある海域です。海流が激しいために他国との貿易や交流を得るのが難しく、かつ小島ばかりで大規模な農業も工業もできません。さらに資源にも乏しく、飢えている国が多いです。しかし私たちの国では、物質の再利用が進んでいます。厳格な資源分別を行い、徹底的に無駄をなくし、少ない資源を全て再利用で補っています。自分達で出した無駄を完全に省くことにより、エネルギー源を得ているのです。そして、その再利用がこのように豊かな国を作り出したというわけです。そして我が国からゴミという言葉がなくなって、もう十数年が経ちます。我が国には、無駄なものがひとつもないのです」
「へえ、なかなかすごいね」
「再利用だけでこんなにも豊かになれるなんてすごいですね。なんだか、環境にやさしそうですし」
「ええ、そうなんです。ですから旅人さんもお気をつけくださいね。ポイ捨てなんかしたらすごい罰金を払うことになってしまいますよ。あ、これも死語ですがね」
「気をつけます」
「キノなら大丈夫。びんぼーしょーだから、何かを捨てるなんてもったいないことできない」
ばごっと音がして、モトラドが黙った。
「ははは、それは頼もしい。そんな人こそ、我が国では歓迎されるのですよ、旅人さん。それでは3日間のご滞在、ごゆっくりお楽しみください」
 

 城門を出て、エルメスにまたがりエンジンをかけようとしたキノだったが、エンジンの不調を思い出して乗るのをやめた。しばらくそのまま街を歩いたが、モトラドを修繕できそうな店は見つからなかった。そのうち、日が翳ってきた。
「今日は遅いし、探すのは明日にしよう」
「えー、はやいとこ直してよ」
「明るい時に探した方が効率がいいよ。それよりまず、食事ができるところと宿を探さなきゃ」
「・・・酷い」
そして周りを見渡すと、すぐに宿もレストランも見つかった。
「ああ、よかった。もうお腹ぺこぺこだよ」
「さいで」
 

 次の朝、夜明けと共に起きたキノは、いつもどおりにパースエイダーの掃除と抜き打ちの訓練をしてから、エルメスを叩き起こした。
「起きて、エルメス。エルメスの言ったとおり、はやいとこ直そう」
「それはいいけど、もっと丁寧に起こして」
「さあ、行こう」
 

街に出たキノとエルメスは、今日もやっぱりモトラドを修理できそうな店を見つけることができなかった。
「これだけ探してないってことは、この国には修理っていう概念がないのかな?」
「うーん。誰かに聞くしかないみたいだな」
そう言うと、キノは店を探すのをやめて声をかけられそうな人を探しにかかった。昨日は気が付かなかったが、街には総じて若者が多かった。健康そのものといった人ばかりが、足取りも軽やかに街を歩いていく。
「なんか、元気な国だよね」
「ああ、お年寄りも、元気な人ばかりみたいだ」
キノはさっきから、人に声をかけるタイミングを外していた。
「ちょっと、早くしてよ」
「みんな忙しそうなんだ。声をかけても振り向いてもくれない」
少し困ったように顔を歪ませたキノに、声をかける者がいた。
「どうしました?」
その人は、城門にいた兵隊と同じデザインで、色違いの服を着ていた。そして自分は国内のことを取り締まる兵隊だと言った。
「そうですか、助かりました。あの、どこかモトラドの修理ができるところはありませんか?」
すると、兵隊は少し驚いたようにエルメスを見た。
「え?そのモトラド、壊れているのですか?」
「違うよ。ちょっと調子が悪いだけ」
憤慨したようにエルメスが言った。
「そうなんです。壊れてはいません」
「そうですか。調子が悪いくらいなら、あの人が直せるんじゃないかな」
独り言のような語尾を、キノが拾った。
「あの人とは?」
「あ、ええ、あそこの角を曲がってすぐの家に住んでいるおじいさんのことです。いつもは再利用センターで働いている人です。とても器用だという評判ですよ。でも、本格的にモトラドの修理ができるところはありません。わが国では、修理よりも再利用に力が注がれています。ですから、再利用のためのモトラド処理ならお金はかかりませんよ。しかも、再利用条例によって、旅人さん、あなたでも国からお礼が出ます。代わりのモトラドも配給されます」
「・・・・」
「キノっ!」
慌てたような声でエルメスが言った。
「まさか、売ろうとか考えてないよね」
キノはエルメスを横目で見て、うーんと唸った。
「もう少し、考えてからにします」
「そうですか・・・それでは、直らなかった時はいつでも街にいる兵に声をかけてください。すぐに処理に来ますよ」
そうして至極残念そうな顔をして、兵隊は去っていった。
「最後まで不吉なこと言ってくれちゃって」
不満げなエルメスに、キノは視線を落とした。キノの目は、何かを計算しているひとのようだった。
「・・・・」
「キノ!」
「・・・冗談だよ、エルメス」
「その間が冗談とは思えない」
「ほんとうだってば。」
そうこう言いながら、キノとエルメスは兵隊に言われた老人の家に向かった。
 

「すみません。あの、モトラドを直せる方がいらっしゃるって、聞いて来たのですが。」
鍵はかかっておらず、ノックをしても返事がなかった。キノはエルメスを押して一歩家に入った。
「あのー、すみません」
すると、突然キノの後ろから老人が現れた。
「誰だお前は。そんなもん、処理に出した方がてっとりばやいぞ。わしの修理代は高い」
「この人までそんなこと言ってる。ねえキノ、これくらいの修理なら、少しモトラドの構造を分かってる人ならできるよ。どうせ高い修理代なんて払えないんだから、こんなところさっさと出て、他を当たろうよ」
「無駄だな。この国には、わし以外に物を直そうなんてやつはおらん」
キノはエルメスには答えず老人に向かって言った。
「ボクは旅人です。あまり高い修理代は払うことができません。でもボクは、エルメスに乗ってこれからも旅を続けたいと思っています。修理代が高いなら、見るだけでも見ていただけませんか?もしボクが自分で出来るようなら、自分でやりますから。少しなら、修理用の道具も持っています」
「キノ・・・」
すると、今まで険しかった老人の目が、すっと細くなり、小さな微笑が浮かんだ。
「そうか、お前さんは旅人なのかい。そのモトラドが大切なんだな。よし、見てやる。ここにそいつを立たせな。わしが直せるようなら直してやる」
「え、でも・・・」
「修理代なんかいらねえよ。お前さんの気持ちだけで、わしは満足した。それで渋るんなら見てやらねえ。さあ、寄越しな」
 

 エルメスを直しながら、老人はキノに話しかけた。
「なあ、お前さん。この国の豊かさ、おかしいと思わねえか?」
「どういうことですか?」
キノが、疑問を疑問で返した。
「お前さんも旅人なら、この辺りの国を見ただろう。どうだった?みーんなそろいもそろってボロボロに貧しい国ばかりだったろう」
「ええ、そのようですね。でも、この国は再利用のシステムが確立されていて、それで豊かだと聞きましたが」
「ああ、そうさ。再利用センターのおかげだ。わしも働いている所よ。でもな、お前さん。もっとおかしいことに気が付かなかったか?」
「・・・・」
「気が付いたよ。病気をしてる人も、怪我をしてる人も、この国には一人もいない」
キノにかわって、エルメスが言った。
「おっと、驚いたな。よく見てやがるモトラドだな。そうさ、この国には元気で健康で、役に立つ人間しかいねえんだ。なぜだか分かるかい、旅人さんよ」
「ええと、医学がとても進んでいる・・・とか?」
「いいや、違うな。この国にゃ、本当の医者なんていやしねえよ」
「でも、城門近くの通りに病院はあったよ。退院してくる人もいた。あれは病院じゃないってこと?」
エルメスが言った。
「ああ、違うね」
老人はそこで言葉を切り、修理の道具を片付けながら立ち上がった。
「よし、できた。これで当分なんの支障もなしに走れるだろう」
「え?あ、ありがとうございます」
「お前さん、この国の仕組みを、見ていきたくはないか?」
「見たい見たい」
「・・・是非」
「じゃ、明日もう一度ここに来るんだな」
そうして、老人はキノとエルメスを半ば追い出すようにして戸を閉めた。
 

 それは、島の地下にあった。老人にキノが案内されて来たのは、島の地下に続く道だった。老人も兵隊も、それを再利用センターだと言っていたし、入り口にも大きくそう書いてあった。どうやら一般にも開放されている施設のようであった。
「ほら、入んな」
先に入った老人が、どうやら見学者用に作られたであろう通路にキノとエルメスを案内した。その通路は施設の上をぐるりと取り囲むようにして作られており、ガラスで施設と仕切られていた。キノたちの他に、見学者はいなかった。施設の中は奥深く、はじめは壊れた機械類を分解しているブースが広がっていた。沢山の人がそこで働き、器用に機械をバラバラにしていく。その奥には、細かく分けられた材料が大きな炉に種類別に入れられているブースがあった。
「こうやって、分別をここで徹底させて、溶かしたりするなりして新しいもんを作ってるってわけさ」
「うー、こうならなくて良かったよ、まったく」
エルメスの呟きを無視して、キノは老人に聞いた。
「あの、一番奥にある、あの大きい炉はなんですか?」
「他の炉と違うね。外から何かが送り込まれる仕組みだよ、キノ」
「ああ、あれか」
老人が、キノから視線を外して答えた。
「あれは、燃料を作る炉だ」
「燃料、ですか」
「石油とか?そんなものまで再利用できるってわけ?」
「いや、そうじゃない。分別できないものなんかをあそこで分解して、この国独特の燃料を作ってるってわけよ」
「分別できないもの?先ほどのブースでは、本当に細かい作業もされていました。できないものがあるとは思いませんが」
「人間さ」
「・・・え?」
 

 目をみはったキノに、老人は暗い目をして説明をした。
「さっきそのモトラドが言ってたな。この国には、病気をしてる奴も、怪我をしてる奴も、一人もいねえってな。そりゃそうさ。この国では、そんな奴らは無駄なんだ。そいつらだけじゃねえ、死人だって無駄なもんさ。昨日言っただろ、病院だってのは名ばかりだって。あそこはな、無駄になった人間を、手遅れだと言ってここに送り込むだけの施設なのさ。病院には、あるシステムが適応されてる。その人間の将来を見越した計算をし、十分に有益だと判断された人間だけを退院させるというシステムがな。無駄になった奴らが、唯一この国のためにできることは、燃料になって健康な人々の生活の役にたつことだけだからな。」
「そんな・・・!自分が燃料にされてしまっても平気なのですか?」
「ああ、そんなこと平気な人間がいるわけないだろう、お前さん。いや、そんな奴いちゃいけねえんだよ。昔はみんな、そう思ってたさ。でもな、お前さん、お前さんはどん底の貧しさってもんから、豊かになる恍惚を知らねえからそう言えるんだ。昔は、この国も酷く貧しかった。海が荒れた月には、食べるものもなく、子供に自分の肉を食わせる親までいたさ。俺の家族もそうだった。父親は働きすぎて死に、母親は食べるもののない子供のために体を食いもんにしてわしらに与えたんだ。兄弟は何人かいたんだが、それでも生き残ったのはわし一人だったよ。でも、それは珍しいことじゃなかった。だから、病院のシステムや燃料の材料が決定された時も、誰一人文句は言わなかった。そして今度はそんな状態を知らねえ、豊かな世代が生まれる。するとな、政策はどう変わったと思う?そうさ、それを隠すようになったんだ。平和に豊かに暮らすために、巧妙に、再利用って都合のいい言葉の影にそんな事実を隠すようになったのさ。病院で働く奴らもそのことは知らねえ。システムがはじき出した有益な人間を助けるので精一杯だからな。この再利用センターで働く人間もそれを知らねえ。ただ、自分は再利用って有益な仕事をしている誇りにまみれているだけさ」
「ではあなたは・・・どうしてそんなことを知っているのですか?」
「そうだよ。それに、なんで知ってるのにここで働いてるのさ」
「これは、わしの懺悔だからさ」
「どういうこと?」
老人はしばらく沈黙し、そして通路にしゃがみこんで語り始めた。
 

「このシステムの発案者は、わしだ。あの頃、国は貧しかった。国土は狭く、資源は乏しかった。わしは、いや、わしだけじゃねえ。国民みんな、なんとかして国を再興したかった。この国をなんとしてでも豊かにしたかった。わしはエネルギー源さえあれば、ここは豊かな国になると信じていた。あの頃のわしには失うものが何もなかった。がむしゃらに働き、卑怯な手まで使って出世した。そしてその計算システムを政策として発案できるまでにのし上がった。するとわしの生み出したものは、わしの手を離れて大きくなっていった。そうしてしばらくすると、国は急速に豊かになった。わしは嬉しかった。しかし、わしは気が付かなかったんだ。その歪みに。無駄なものを有効に使うことは当たり前だと思うようになっていたんだ。政府の他の奴らと同じようにな。家族を失うまでは・・・な。ある休日のことだった。妻と子供は、仕事で忙しいわしのいない時にちょっと近所まで出掛けた。しかしそこで事故にあった。それぞれかろうじて命は助かった。ところが、妻と子供は共に大きな怪我を負っていた。この国の医学では、到底治せない重傷をな。そしてわしの作り出したシステムは、当然のようにそれを無駄なものとして計算をはじきだした。そして、全てが燃料に変わった。わしには逆らえなかったよ。今までこうして家族の悲鳴を作り上げてきたのはわしだったからな。まさかこんなことになろうとは思ってもみなかった。自分の家族が無駄になる日が来るなんてな。国はそうして今日も豊かに栄えている。だから、これは懺悔なのさ。そしてそれを、この国のもんじゃない誰かに聞いてもらいたかった・・・」
老人はそういい終わると、膝を抱えて嗚咽を漏らした。誰もいない通路に、長く尾を引く啜り泣きが響いていた。
「行こうか、キノ」
「そうだね」
 

旅人の去った後、老人の様子を再利用センターの監視カメラは捕らえていた。心が壊れた老人は、この国では無駄なものだった。そして明日、老人は燃料になることが再利用システムによって決定された。

おわり