星の話 chance

 

 星が瞬く静かな夜。一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)がゆるやかな丘の中腹に、センタースタンドで立っていた。そのすぐ脇には旅人の姿があった。旅人によって熾された火と、周りの闇のせいで旅人の髪や服の色は分からない。それでも焚き火に照らされている顔はまだ十代の半ばだと分かる。なだらかなその斜面には、一面に短い草が生えていた。旅人はその上にしゃがんでいた。
「エルメス、ボクはこう思うんだ」
「なにさ、キノ」
高くもなく、低くもない抑揚の少ない声と、少年のような声がした。キノと呼ばれた旅人の表情は、揺れる空気でよく見えない。
「この夜空にこんなにたくさん星があるんだから、星同士がぶつかったところが、今に見えてもおかしくないと思うんだ」
「それは確立の問題だよ、キノ。いくら星がたくさんあっても、それ以上に宇宙は広い。たまにぶつかったとしても、キノがそれを見る確率はとてつもなく低い」
「うーん、そうかな」
「そうさ。旅をしてて、同じ人と何度も会わないのと同じ」
「うーん」
キノは、少し考え込んで唸った。手元にはホルスターから出されたハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)があった。

「えっと、つまり世界は広いから、いくら旅人がたくさんいても、何回も会うことはないって言いたいのかい、エルメス。それと同じように星もぶつからないって」
「そう。今日は珍しく冴えてるじゃん」
「失礼な。ボクだってそれくらい分かるさ。でも」
「でも?」
「ボクは同じ人と既に二回会っているよ」
「それってあの嫌味な犬とそのお連れさんのこと?」
「ああ、まあそうだね」
エルメスの心底嫌そうな声と比べると、キノの声は心持ち弾んで聞こえた。
「ずいぶん嬉しそうだね、キノ」
「そんなこと、ないよ」
しばらく、沈黙があった。パチパチと焚き火が気持ちよく音を立て、煙と共に夜空に吸い込まれていくようだった。

しばらくして、キノが口を開いた。
「星もさ」
「星も、何?」
「うん。星もさ、たまには別の星とぶつかることがあると思うんだ。もしかしたら同じ星と何回もぶつかることだってあるかもしれない」
「でもそれは、すごい珍しいことに違いないよ。ありえないとは言えないけど」
「そうだろ?きっとそれは、ものすごいことなんじゃないかな。そんな偶然も、いいものかもしれない。そして、何かが起こるかもしれない。そんな出会いはきっと、何か意味を持っているのかもしれない」
「まあ、あのいつも笑ったような顔したふざけた犬のことは置いておいても、確かにそうかもね。苺一円ってやつだね」
「一期一会・・・」
「そう、それ」
エルメスの嬉しそうな声と、ふう、という小さなキノのため息が少し響いて、そして消えた。また、しばらく沈黙があった。
「星を見ると、ボクはいつもそのことを思い出すよ。そんな大層なことじゃないんだ。ああ、あの星も以前、他の星とぶつかったのかもしれないなって」
「ふーん、ロマンチストなんだ、キノ」
ばごん、と音がして、エルメスは静かになった。
「そんな偶然もあるから、ボクは旅が好きだ。全ての出会いが別れるためにあるとしたら、それはつまらないことだと思わないかい、エルメス」
「まあね。でもそれが旅だって、どこかの誰かが言ってたような気もするけど」
「そうだね。ボクにはまだよく分からない。それを知るためにも、ボクは旅を続けているのかもしれないしね。それに」
「それに?」
キノがパースエイダーをホルスターにしまって、右腿に吊った。そして空いた手を、すっと暗闇に向かって伸ばした。
「案外、そんな星が、近くにあるのかもしれないよ。ほら、そこにも」
それは、遠くの星を指しているようであり、この丘の頂上付近に灯った小さな明かりを指しているようでもあった。
「うん、そだね。」
空には星が、静かに瞬いていた。

 

続く。