これはキノの旅パスティーシュ本の「あとがき」にあたる部分をそのまま再掲したものです。

萌の話

―ATOGAKI―(contains no NETABARE of the text.

   

世界は、萌なんかじゃなくない。 

そしてこの本が生まれた。
まったく意味のない。
そこにはテーマも主張も見えない。

せわしくキーボードを叩く音だけが聞こえてくる。
「そうだなぁ・・・なんとなく、だけれどね・・・」
ふいに人間の話す声が聞こえた。二十代半ばの女性のような、高くも低くもない声だ。
『なんとなく、だけれど?』
別の声が発言を促すように聞いた。受話器から聞こえる、さらに若い感じのする声だった。

 

ほんの少し静寂があって、最初に聞こえた声が静かに語りだした。まるで自分に言い聞かすような、パソコンへ向かって喋るような口調だった。
「自分の同人誌たちはね、たまにどうしようもない、必要のない本ではないか?ものすごくいらない存在ではないか?その訳は痛いほどよく分かっちゃいるけど、そう感じる時があるんだ。そうとしか思えない時があるんだ・・・。でもそんな時は必ず、自分以外の本、たとえば本物のキノの旅とか、好きな作家さんの本とかweb小説とかが、全て美しく、すてきなものに感じるんだ。とても、愛しく思えるんだよ・・・。この本たちは、それらと共存したくて、萌を発散したくて、そのために無理して時間を割いて睡眠時間を削って作っているような気がする」
それからほんの少しだけ間をおいて、こう続けた。
「睡眠不足や肩こりやネタ切れは、同人誌を作る以上必ず、書く先々にたくさんころがっているものだと思ってる」
『ふーん』
「だからといって、同人誌を作る事を止めようとは思えない。それをしているのは楽しいし、たとえ知識不足や勉強不足をさらけ出してバカをやる必要があっても、それを続けたいと思えるしね。それに」
『それに?』
「止めるのは、萌がなくなる時とは言え、いつだってできる。だから、続けようと思う」
最初の声はきっぱり言った。そして訊ねた。
「納得したかい?」
『正直言って、まったく全然何言ってるか分からないや。それにお姉ちゃんの萌がなくなる時が来るとは思えない』
別の声が答えた。
「そう思うならそれでもいいよ」
『そう?いいかげんにどうにかしようとは思わないの?』
「自分自身も、ひょっとしたらよく分かっていないのかもしれない。迷っているのかもしれない。そしてそれをもっと分かるために、同人誌を書いているのかもしれない」
『ふーん』
「さてと、この本はもう終わりにするよ。次回もまた何かを書かなくちゃ。萌の赴くままにね。またキノになるのか、やっぱり指輪なのか、それとも鋼なのか、SEEDなのかは、分からないけれど。・・・それでは」
『何でもいいけど、もう巻き込むのはやめてよね。それでは』

 

カシャカシャとキーボードを叩く軽い音が聞こえ、受話器を置く音がし、やがて止んだ。

 

 

二〇〇六年 (再び煩悩の)春                   ものとかおら                               特別出演:作者の妹