―― 光 ――

 

涙がこの細い雨よりも大きくならぬよう、嗚咽をこらえていたアスランは、そっと自虐的に笑った。
「俺は、何をやってるんだろうな。こんな雨の中。泣いたって、誰も分かりはしないのに。何だろう、俺は。まるで、旧世界の聖なる書にあった迷える羊じゃないか…。ただ雨の中、救いの光を待っているだけの小さな存在。いや、そんなもんじゃないな。そんな、無垢なものじゃ…。」
ふと、何かを感じてアスランが上を見上げた。そこから少しだけ離れた建物の中、そこには明かりもなく、真っ暗な場所なのに、そこにキラがいた。否、キラがいる事が分かった。
 

ラクスが去ったその場所で、真っ暗になった窓辺でキラは外を見ていた。そぼ降る雨の中に佇むアスランを見ていた。それは、今の自分を落ち着けるためだったのかもしれない。そして、心を癒してくれる存在を探していたのかもしれない。いや、自分の涙の代わりに流れてくれる雨をただ見ていたかったからかもしれない。しかし、そこにはアスランがいた。大いなる、暁。それは彼の名であるにも関わらず、そこにいる彼はそれから懸け離れた存在となってそこにいた。それ故に、それはあまりに倒錯的で美しい風景だった。漆黒から蒼、そして高貴なる紫に見えるその髪から滴り落ちる雫は唇を濡らし、長い睫から零れ落ちるものは、雨なのか涙なのか分からなかった。キラの肩に止まったマイクロユニットと同じ色の瞳は白い肌に映え、全てがくすんで見える雨の中、唯一はっきりとした輪郭を持って見えるのだった。

ふと、その目がキラの瞳を捉えた。キラはそのアスランの瞳の深淵に映る色が分からなかった。暗く深く、そして冷たかった。キラはそれ以上見ていられず、視線を外した。小さく、その名を呟いて。
「アスラン・・・僕は・・・」
 

 キラの唇が、小さく自分の名を形取ったのを見た瞬間、アスランは走り出していた。どうしてなのか分からない。泣いているはずの自分と、それを救ってくれる煌きであるはずの彼。それが交差して、彼が泣いているように見えた。彼にこの涙をぬぐって欲しかった訳ではなかった。彼に何かを訴えたかった訳でもなかった。それでも、彼を追わずにはいられなかった。この場所で彼を永遠に見ている事が許されぬなら、彼の側でその身体を温めたかった。

続く。