―― 煌 ――

 

「キラ、わたくしは明日、ここを発ちますわ。」
「そう・・・。そうだね、ラクス。」
それは、キラにとって驚きでも何でもない出来事だった。戦争状態が終結した時点から、プラントにラクスが行く事は自明だったからだ。プラントではラクスの力が求められている。それはキラにも分かっている事だった。それなのに、ラクスがまだこのオーブの地に留まっているのは自分のせいだとも思っていた。だからキラは、それを聞いた時少しだけほっとしたのだった。しかし、ラクスの次の声は、キラの言葉を奪った。
「キラ、わたくしは一人で行きます。」
「・・・え?」
紫の透き通るような瞳を大きく見開いたまま、キラはラクスの優しいが強いその目を見た。その瞬間、ラクスは少し笑ったように見えた。
「キラ、分かってくださいますね。これは、わたくしのお仕事ですわ。あなたのでは、ありません。ですが、キラと共にありたいという気持ちが薄れているわけでもありませんの。わたくしの我が侭で、キラをこの地から離す事はできませんわ。」
「でも!ラクス、僕は・・・」
「キラ、あなたがプラントで出来る事は何ですか?かの場所で、キラが成すべき事はありますか?したいと思う事がありますか?キラをこの地に留めるものは何ですか?」
「それは・・・!」
言葉に窮したキラがラクスを見た。その瞳は、少しだけ潤んでいるようだった。それを見ないふりをしたラクスは、静かに、今外に降る雨よりも静かに話を続けた。
「キラ、あなたはただわたくしの慰めに存在するのではありません。それに、わたくしもそうではありません。」
キラには分かっていた。自分は平和になった今、ラクスの力を支える者ではない事が。ラクスの側には、イザークら政治というものにたけ、そしてその特殊な世界と繋がりを持っている者が必要だという事が。そして何より、キラ自身がプラントへ行く事を、本当は望んでいないという事が。キラをこの地に引き止めるもの、それはたった一人の存在という事が。
「キラ、あなたは恐れているのですね?二度もその手にかけた友を、またご自分の側から離す事を。」
ふと、キラはラクスから目を逸らし、そして窓の外の雨を見た。そこには、この部屋と世界とを遮断するように、そぼ降る雨が幕を引いていた。
「そう・・・かもしれない。」
キラは、ぽつり、ぽつりと言葉を零していった。
「僕は、もう戦いたくないんだ。こんな事、一体今まで何度口にしてきただろう。何度心で叫んだだろう。でも、ラクス。君の世界には、僕のような力で戦う必要はない。だから、僕はそこへ行かなくてもいいんだね。」
「ええ、そうですわ。わたくしは、そのような世界を望んでいますわ。みなも、そうでしょう。そしてそれは、実現されようとしています。世界は必死にそれを求めて動いていますわ。」
そっと微笑んだラクスの気配に、キラは少しだけ表情を緩ませて、もう一度ラクスの目をしっかりと見つめた。
「そうだね。だから、僕はやっと自分のやりたいようにできるんだね。でも、それはプラントでじゃない。この地でなんだ。ここには、アスランがいる。僕は、もう二度も彼と戦いの場で対峙してしまった。もう、嫌なんだ。何度、あの時離れなければこんな事にならなかったと思ったか知れない。何度、離れさえしなければ違う未来があっただろうと願ったか知れない。それでも、僕らは戦ってしまったんだ。何度も何度も、僕の中でフラッシュバックする桜の花びら。あの、他の全ての色がくすむような淡い紅色。もう二度と、そんな思いはしたくないんだ。離れたくないんだ。彼から。不安になるんだ。身体の距離が、そのまま心の距離になるんじゃないかって。でも、どうしてだろう、ラクス。君には、そんな不安は感じないんだ。君がプラントへ行く。それは僕の中で納得してしまったんだ。もちろん、みんな一緒にいられたら・・・って思うよ。でも、それは無理だ。僕は、願いよりも、不安に突き動かされてしまってるんだ。全てが終わった今でもまだ・・・」
キラは、少しだけ寂しそうに一つ瞬きをした。
「分かっていますわ。わたくしとあなたは、離れていてもきっと、今のままでいられますわね。ですから、わたくしは一人で行きます。今度こそ、笑って見送って下さいますわね?」
「うん、そうだね、ラクス。いってらっしゃい。」
そうしてキラは静かに笑った。その目には、涙の色をした煌きが宿っていた。
 

続く。