ラクス・カガリ サイド

 

アスランからの通信を切った後、カガリはすぐにまた通信を始めた。宛先のコードはラクスだった。静かな呼び出し音の後、すぐにラクスはスクリーンに出た。
『はい、ラクスですわ。』
それは静かないつものラクスで、カガリはその表情や声からは、何の感情も読み取れなかった。
「やあ、わたしだけど。」
『まあカガリさん。こちらもお珍しいことで。今日は色んなことが動く日ですのね。』
それだけで、カガリは分かってしまった。ほんの少しだけのラクスの言葉づかいの違和感。それは表情と微妙に異なる心境の変化。それはキラを知る者同士が分かる、心の機敏。
「…やっぱり、キラもか。」
『ええ、その様子ですと、アスランもですのね。』
そして二人は思わずこみ上げる笑いを止めることができなかった。
『ふ、ふふふ。』
「はは、はははは…!」
 

「はは、はぁ。」
やっと落ち着いた笑いの発作に涙目になりながら、カガリが溜め息を一つついた。
「感じることからやることまで一緒になってしまうんだな、あの二人は。」
『ええ、そのようですわ。わたくしの知る限り。』
静かにそう答えるラスクに、カガリはすっと視線を合わせた。
「わたしはラスクに通信したら、きっとその場で暴れるか、怒鳴り散らすか、何かを壊すかすると思ってた。それで、挙句の果てには執務室の外側からキサカあたりに止められるもんだと。」
『ええ、わたくしだって、カガリさんと同じですわ。』
「そんなことないだろう、ラスクだもん。わたしと同じなんてことあってたまるか。わたしみたいなのは、わたしだけでいい。」
『まあ、そんな。みくびっていただいては困りますわ。わたくしだって、暴れたいと思う時だってありましてよ。』
「それは、きっと月が降ってくるよ。」
そしてまたひとしきり、二人はスクリーン越しに笑いあった。それも落ち着くと、ラクスがそっと口を開いた。
『お互い、諦めなければならないことが多すぎますわね。』
「まあ、そうなるかな。でも、案外傷つかなかった。」
『そうかもしれませんわね。』
「ラクスは違うのかもしれないけど、わたしは考えたんだ。どうしてこうなるのかって。どうしてアスランはわたしにこの話をしたのかって。そしたら、ああ、だってアスランとキラだもんなって思ったんだ。だってキラだろ?アスランを選ぶに決まってる。それにアスランだろ?キラのところに行くに決まってる。わたしはその後を押してやっただけ。結果として。」
『まあ、カガリさんも?』
「不本意に、もちろんそうに決まってるだろ。」
『まあ、それは…。』
「ラクスは偉いな。はじめから分かってて、キラを引き取ったようなもんだろう?それで、この日が近づくのを知り続けていた。わたしにはそんなことはできない。」
『それはちょっぴり違いますわ。キラが望んだから、ですわ。キラが、静かに暮らしたいだけだとわたくしに言ったから。わたくしは結局キラの事を近くで見ていたいだけでしたから。二人の望んだ事が、方向が違っても表面が同じなら、一番いいところにおさまっていたと思いますわ。』
「まあ、そうだな。わたしとアスランよりはよっぽどましだ。わたしはアスランよりも国を取ることが多かった。あいつの友達でも恋人でも戦友でもないのかもしれなかった。そんなまま、ずっと側にいるのは無理だ。」
『でもそれは、アスランも望んだ事なのでしょう?あなたが気に病むことではありませんわ。』
「そうだが、それでもわたしの我侭だってそこにあったはずなんだ。わたしにはやる事があって、それもアスランも大切。どちらかということは言えない。」
『そう言い切れるあなたは、やっぱりわたくしなどよりお強いですわ、カガリさん。』
「そうかな、わたしにはラクスの方がよっぽど強く見えるけどな。わたしは怖かったんだ。アスランのことが好きなのに、どうしてかアスランの中にあるキラの面影が忘れられない。アスランの視線の先にいるはずのキラが忘れられない。あいつはわたしの弟で、わたしはあの時その可能性も感情も全て過去に捨ててきたはずだったのに。」
『わたくしも、アスランのことは好きですわ。でも、ただそれだけ。結局みんな、キラのことが一番好きなんですわ。そしてそれはキラの気持ち次第でどうとにでもなる関係じゃありませんこと?そしてキラがアスランを選んだ。ですからここで全てを洗いなおす。それで終わりなのですわ。諦めることに慣れていないと、少し…辛くもありますけれど。』
少しうつむいたラクスの表情は、それまでとは変わって、年相応に幼く見えた。
「そうだな…。たしかに、辛いさ。でも、これでキラは…。」
『ええ、わたくしたちは、もうそろそろ心配するのをやめてもよいかと思いますわ。』
「そうだな、わたしの側にはまだこいつがあるしな。」
そしてカガリは指輪をラスクに見せた。
『そうですわね。わたくしは、キラに返されてしまいましたけれど。』
そうしてラスクも指輪をカガリに見せた。
『それにハロもいます。わたくしの可愛いひとからの贈り物。それはカガリさんにも同じ事でしょう?ですからいいのですわ。わたくしたちはこれを持っていればいいのですわ。』
「うん。キラがあの状態から抜け出せるなら、それでいい。」
そこまで言って、カガリは壮大な溜め息をついた。
「はああ、結局わたしはアスランをどうしたかったんだろうな。二人とも、キラのことしか考えてなかったってことになるのか?」
『そんなことはありませんわ。お二人とも、お互いの事を思い合っていましたわ。以前のわたくしとアスランの関係とは違いますもの。』
「それは、まあ、そうなのかもしれないけれど、根本は同じだよ、ラクス。なくしたものはあるけれど、わたしが空っぽになってもキラの心が埋まればそれでいい。それでアスランが幸せになれるなら、それでいい。」
『相手の幸せを願える繋がりがあれば、それだけで十分ですわ…。』
「そうだな…。すまないけどラクス、今夜一晩は、この通信を付けっぱなしにしておいていいか?眠れそうにない。」
『ええ、もちろんですわ。わたくしも、きっとあなたと同じなのでしょうから。』
そして暗くなった部屋には、青白いスクリーンの光だけが一晩中ついていた。それ以降、夜中で交わされた言葉はほんの一言二言だったが、それだけでカガリとラクスの心は、均衡が保たれているような気にさせてくれた。

「アスラン・キラサイド 再び海辺にて」に続く。