アスラン・キラサイド ――海辺にて――
「僕は、何が悲しいんだろう。ねえ、アスラン。」
優しいアスランの気配が、なぜか自分の後ろで躊躇したのが分かって、キラは思わずそう言っていた。今まで考えていた事が、次々と口をついて出てきていた。どうしてこんなことを話してしまうのか、キラには分からなかった。そこにアスランがいるから、もう安心してもいいと、キラの中の何かが言っていた。
「僕は、こんなに幸せなのに。空はこんなに綺麗なのに、なんで、涙が止まらないんだろう。戦争は終わったはずだったのに。僕は、あそこで死ぬはずだったのに。もう、何も要らないと思ったはずだったのに。どうしてこんなに胸が痛いんだろう。どうして、別れの予感がするんだろう。ラクスは僕をこんなに労わってくれるのに。カガリはあんなに輝いているのに。君は、ここにいるのに。僕は、みんなが好きなのに。どうしてなんだろう。何が悲しくて、僕は…」
キラはそれ以上、とても口にできないと思った。これ以上口にすれば、必ず涙が溢れると。それは嫌だと。でも、そんな考えは肩先に触れる温もりが全て溶かしていった。キラのすぐ横に走り寄ったアスランが、そっとキラの肩に手を置いたのだった。何も言わず、ただ黙って。そんな暖かさが嬉しくて、悲しくて、キラは涙を一粒流した。
「アスラン、僕は、本当にこのままここに居ていいのかな。僕のいるところは、もうここにはないんじゃないかな。本当は、あそこで死ぬべきだったって、分かってるんだ。あそこには何もなかった。今の僕の心みたいに。そこに僕はずっと漂っていればよかった。どうしてこんなところまで僕は来てしまったんだろう。世界は変わり続けていくのに、僕だけあの瞬間のままだ。君が来てくれなかったら、今も僕はあそこにいた。でも、僕は君の手をとってしまったんだ。それは僕の強烈な願いだった。僕は、君の手を取りたかったんだ。君の声が聞こえたんだ。僕の名を呼ぶ声が。だから、」
キラは溢れる涙をぬぐうことなく、静かに雫を落としながら話続けた。
「僕はただ、君の元に行きたかっただけだったんだ。でも、守ると約束した。ラクスも、カガリも。カガリは生きろと言う。生きて、生きて、そしてそれでも辛かったら守ってやると言っていた。カガリに守られて、ラクスの優しさと強さに甘えて、僕はなんでここにいるんだろう。僕は、カガリもラクスも大好きなのに、君の手しか取れなかったんだ。あの時。」
「うん、分かってる。もう、いい、キラ。分かってるから。」
アスランはそう言って、キラの涙を指で拭いた。
「…うん。」
それはまるで幼子と母親のようだった。なきじゃくる子供の頭を撫でるように、アスランはキラの髪を撫でていた。溢れる涙は暖かく、アスランの手を濡らし続けた。
「僕は、嬉しいんだ。だから、泣いてるんだ。」
「うん、それも分かってる。俺の手を、取ってくれた。それだけでいい。それだけで。だから、もう、いい。」
「そうだったね。」
そうしてキラは、目を閉じて泣いた。
「ラクス・カガリサイド」に続く。 |