この物語は、登場人物の行動・描写が暴力的かつ過激になっております。15歳以下の方の閲覧を禁止いたします。また、悲劇的要素を多々含みます。そういった表現が苦手な方にはお勧めできかねますのでご注意下さい。
Lament Angel 8
次にアスランが目を覚ました時、そこには金色の髪を持つ者がいた。
「・・・・・・」
アスランが目を開けたのにも気がつかず、カガリはアスランのベッドに肘をついて祈るように手を組んでいた。その目には、涙すらあったように思えた。
「・・・カガリ。」
少しかすれる声で、それでもずいぶんましになった声でアスランが言った。はっとしてカガリが目をアスランに向けた。その美しい瞳は、やはりラクスと同様に悲しみに縁取られていた。しかしその金色の瞳からは、ラクスよりもずっと暗い色に見えた。
「アスラン・・・。よかった、お前、目を覚ましてくれて。この前からまた、二日も目を覚まさなかったんだ、お前。よかった。本当によかった。」
「・・・ああ、大丈夫だ。心配かけて、すまなかった。カガリが無事でいてよかった。でもキラは・・・」
アスランが随分回復しているのをその声に聞き取り、カガリは少しだけ安堵した。しかしこれからカガリが話す事は、そんなアスランから何もかもを奪うだろう。それはカガリには百も承知だった。だが、もうこれ以上アスランに黙っている事はできなかった。他の誰かからアスランの耳に入るくらいなら、いっそ自分で話しておきたかった。そしてカガリは少しずつ話し始めた。驚愕の事実と、絶望的な状況を。
「あれから、犯人側からの文書での連絡があった。人質と交換で、ある一人の戦犯の釈放と逃亡資金を用意しろとの事だった。要求期限は四日間だった。オーブ政府は最大限の努力をした。盗聴器の仕掛けやら無線やら色んな物から、犯人の居場所を突き止めようとした。メディアでも放送した。人質をとっての卑劣な犯行を許してはならないという事を。これはある意味テロリスト的考えだ。そんなものに、オーブは屈さない。わたしもそう演説したさ。」
「・・・そんな事、一言も・・・。」
「そうか、ラクスはお前に言わなかったんだな。でもしょうがない。だってお前、あの時はお前の方が危なかったんだ。」
アスランを少しの間見つめて、カガリはふっと目をそらした。そして、一つ深呼吸をして再び口を開いた。
「わたしは国民に一つだけ嘘をついた。人質がわたしの身内だとは、明かさなかった。」
はっと、アスランが息をのむ声が聞こえた。
「犯人側からの要求には、はっきり書かれていた。『弟をかえしてほしくば、こちらの要求を呑め』って。でも、政府はそれを隠したがった。わたしの身内は、正式にはもう誰もいない事になっている。これでもし人質が開放されたとしても、また同じように狙われるだろう。わたしには、まだ力がない。大切な者を失ってでも国を守る、それだけの事に持ちこたえられるだけの精神力だってないのかもしれない。分かってる。そんなんじゃダメだって。でも、わたしがこの人質のために必死になるのは、あくまで国民の一人だから。私情は、禁物だ。」
カガリはあえてキラという名前を出さなかった。ただ、人質と、そう言った。それはカガリの心の均衡を保つための手段でもあった。代表としての自分を精一杯演じるための唯一の方法だったからだ。しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。それを破ったのは、何かに気がついたアスランの声だった。その声は、少し震えていた。
「ちょっと・・・待ってくれ、カガリ。要求は4日以内という事だが・・・。どう・・・なったんだ?」
形のいい眉をひそめ、目をぎゅっと瞑ってカガリはアスランの視線から隠れようとした。閉じた瞳に、また涙が滲んだ。
「オーブ政府は、犯人の居場所を突き止めることが、できなかった。」
「な・・・!」
思わず言葉を失ったアスランに、カガリは深呼吸して話を続けた。
「要求は、呑まなかった。期限は過ぎた。犯人の居場所すら、分からなかった。それから、犯人側の声明があったんだ。『人質の命は、もう保障できない。また、そちらにも必要ないものなのだろう』って・・・。あれから既に24時間以上経っている。」
カガリはぐっと奥歯をかみ締め、そして苦しそうにその名を口にした。
「キラは、もういないんだ。」
「そ・・んな・・・!」
痛む身体でベッドの上に起き上がり、アスランは自分の髪を掻き毟った。耳元で、心臓の音が聞こえる。破裂しそうに速い。耳が、遠くなる。全ての絶望が彼を襲った。もう、言葉を発する事すらできなかった。ただ、息をしても空気が足りず、アスランはその場で嘔吐した。食べ物の入っていないその身体から出てきたほんの少量の胃液が、アスランの口の中を焼いた。
「キラが・・・」
ぐい、と口元をぬぐい、アスランは震える手をカガリへと差し出した。
「キラ・・・」
どこか彼と似た、その瞳にアスランは手を伸ばしかけた。しかし、アスラン目の前に光が瞬いた。眩しすぎて、目を開けていられなくなった。身体が宙に投げ出された感覚に陥り、アスランはそのまま後ろに倒れた。急激に現実が遠ざかっていった。
「アスラン!アスラン!」
部屋にはカガリの叫びだけが響いていた。
続く。 |