この物語は、登場人物の行動・描写が暴力的かつ過激になっております。15歳以下の方の閲覧を禁止いたします。また、悲劇的要素を多々含みます。そういった表現が苦手な方にはお勧めできかねますのでご注意下さい。

 

  Lament Angel 5

  

「キャアー!」
「カガリ!」
カガリの叫び声に、キラの高めの声が重なった。誰よりも先に走り出したキラは、もう通りの向こう側にいた。キラが胸元から銃を取り出し、発砲音の主の一つを撃ち抜いていた。カガリが頭を抱えてしゃがみ込んでいる前に、キラが立っていた。市民の叫び声と、車のブレーキ音、そしてガラスが割れる音が街に響いた。
「カガリ!キラ!」
アスランは走った。目の前で止まった車を飛び越え、逃げ惑う人々を追い越し、キラに追いつこうとした。キラが撃ったのとは別方向から、また発砲音がし、キラの手から銃が地面に落ちた。
 

警護兵たちは優秀だった。通りを過ぎ、楽器屋の横道から店に入り、そして入り口でしゃがみこんでいるカガリをドアから無理やり中に引っ張り込んだ。
「カガリ様!ご無事ですか!?」
「あ、ああ、大丈夫だ。」
そう答えた一瞬の後、カガリが叫んだ。
「キラが!キラがまだ外にいる!」
しかしその叫びはすぐに店のガラスが弾丸で割られる音に遮られた。
「キラ!キラ!」
カガリを抱えた警護兵は、ばっと後ろに飛びのいた。
「カガリ様、お早く車へ!」
そして後ろを一瞬だけ振り向いたカガリが見たものは、誰かの血液が、店の割れたガラスに飛び散る様子だけだった。
 

 あと少しでアスランはキラの側に辿り着けたはずだった。走りながら、何も遮る物のない店先に立つキラが見えた。そして、警護兵たちに守られて店の中に入るカガリの姿が見えた。カガリはもう大丈夫だ、そうアスランが思った瞬間だった。キラに、忍び寄る姿があった。
「キラっ!」
アスランの叫びに、キラが振り向いた。そこには見知らぬ誰かがいた。そして、キラの首に手をかけた。
「やめろー!!」
銃撃が今だ止まぬその状況で、アスランはナイフを構え、キラの背後にいる者に飛び掛った。一瞬、キラの首にかかっていた腕が緩んだ。
「キラ、逃げろ!」
キラのすぐ近くで、銃声が数発聞こえた。真っ赤な何かが、キラの目の前に飛び散った。神にしか作れない深紅の液体。あまりに美しいそれは、アスランの血液だった。
 

 キラは自分の手を見た。べっとりとまとわりつく錆びた鉄の匂い。白い肌を染め替えるような赤。それはまぎれもないアスランの血の色だった。頭の中が真っ白になっていた。慣れているはずだった。それなのに、どうしても動けなかった。
「早く!・・・キラ・・・!」
アスランの叫びで、キラはやっと我に返って言葉を口にすることができた。
「・・・アスラン!アスラン!」
アスランが倒れた場所に駆け寄りそう叫んだ途端、キラの目から涙が溢れてきた。
『ここで泣いてはダメだ、前が見えなくなる!』
そう冷静な思考回路がキラに訴えてくる。それでも涙は流れ続け、キラはアスランのそばから離れられなかった。
「逃げるんだ、お前は逃げろ、キラ!」
アスランを撃った男は、アスランのナイフに刺されてすでにこと切れていた。アスランの腹部からは、とめどなく血が流れ続け、そしてまだ銃撃は止んでいなかった。辺りの騒然とした音が全て、キラの前から消えかけた。アスランを置いて逃げるなど、キラにはできなかった。
「アスラン!しっかり!アスラン!」
「俺・・・は、大丈夫・・・だから、・・・逃げろ、キラ!」
もうアスランは立ち上がれなかった。痛みに意識が遠のいてゆく。キラの声と顔、その泣き顔だけが、アスランに感じられる唯一のものだった。
「アスラン!」
別の何かがアスランとキラの間に割って入った。
「キ・・・ラ・・・」
朦朧とする意識の最後にアスランの見たものは、急速に光を失うキラの目と、そしてキラの口に当てられた真っ白な布だけだった。

続く。