この物語は、登場人物の行動・描写が暴力的かつ過激になっております。15歳以下の方の閲覧を禁止いたします。また、悲劇的要素を多々含みます。そういった表現が苦手な方にはお勧めできかねますのでご注意下さい。

 

 Lament Angel 23

そこは、広い草原だった。温暖で湿潤な気候のオーブにしては珍しく、草しか生えていない少し荒廃した場所だった。その場所に、遠く離れて二台の車があった。一方にはカガリとアスラン、そしてもう一方には犯人の男とキラがいるはずだった。ラクスはすぐその後方に、オーブの警護兵と共に控えていた。少し靄のかかったような時だった。もうすぐ夜明けが来るであろう空は少し肌寒く、そして気味が悪いほど暗かった。それは冬という気候のせいだったのかもしれない。それとも、カガリの心が余計そうさせているのかもしれない。どちらかは分からなかったが、その光景はあまりにも寒々としていた。しんとする空気。その中に、カガリの凛とした声が響いた。
「要求に応じるために来た。わたしは、オーブ首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハだ。」
しばらく、静寂の時が過ぎた。カガリがいぶかしみ、不安が首をもたげる頃に、男の車のドアが開く微かな音が耳に届いた。同時に男が現れた。はっと、カガリが一瞬息を呑んだ隙に男は何かを、否、誰かを車の陰から乱暴に引っ張り出した。キラだった。
 

 それは痛々しい姿だった。ほとんど何も纏わぬ肢体、縛られた縄の痕が鮮明に残る身体、痩せこけて頬骨の浮き出た顔。それでも美しい紫電の瞳はそのままに、キラは真っ直ぐに前を見つめていた。カガリとアスランのいる、こちらを。キラの口が、一瞬誰かの名前を形取ったが、男の声にそれも掻き消された。
「確かに代表と確認した。人質と、『緑の天使』とを交換だ。こちらの合図でこちらに歩かせろ。交換は走るな。ゆっくりと歩け。例え何が起きても、交換が終了するまで、何人たりとも動くな。動いた瞬間に、人質を殺す。」
そうして男はキラの足枷を外し、背に銃口を向けてキラを立ち上がらせた。
「キラ・・・」
涙で曇る視界、確かにそこにいるキラという存在。その大きさに溢れる涙を拭いもせずに、カガリは大きく頷いてアスランのいるはずの車内を覗き込んだ。が、そこに既に存在はなく、いつの間にかアスランはカガリのすぐ傍に気配もなく、ただそこにあるがままに立っていた。その眼は痛いほどにキラだけを見つめ、そして切ないほどに強い眼差しをしていた。はっとアスランを見て、カガリは一瞬後悔に襲われた。キラのために、この命を捨てようとしている。何の為に、誰の為に。分かりきっていた事が再びカガリの脳内を侵食していく・・・。そんな想いを断ち切る、冷酷なほどに冷たい声がカガリの耳に響いた。
「俺を待つな、カガリ。」
それは全くの感情の篭っていない声でありながら、強すぎる意志を感じさせる音だった。
「もし何かあったら、こいつを撃つんだ。ためらうな・・・。キラを・・・頼む。」
聞くものの思想を奪う音、従えば楽になると思わざるをえない声。そんな心地よさに、カガリは全ての思考を停止させて頷いた。アスランから渡されたのは、カガリがアスランの護身にと持たせた最後の武器だった。

続く。