この物語は、登場人物の行動・描写が暴力的かつ過激になっております。15歳以下の方の閲覧を禁止いたします。また、悲劇的要素を多々含みます。そういった表現が苦手な方にはお勧めできかねますのでご注意下さい。

 

Lament Angel 19

 

その場所には、女が一人座っていた。

殺した誰もが示すその中心に、アスランは近付いている事が分かった。あと二人、あと二人でアスランは全てのものから解放されると知った。女と、その兄。全ての原因はそこにあった。キラを奪った者達の中心。そこにいる者。そう思うだけで、なぜか安堵の気持ちが生まれた。後悔していた訳ではなかった。ただ、楽になりたかった。キラのところへ行きたかった。ただ、それだけだった。

そしてそこには、女が一人座っていた。何かを悟ったその瞳の色は、今までの誰よりも澄んでいて、そして静かだった。アスランが何も言わずに女に近づいていく足音だけが、地下のがらんとした部屋に響いていた。すっとアスランが女に銃を向け、そして女の間合いのすぐ外で止まった。ふと視線をあげ、女がアスランを見て口を開いた。
「あなたが『緑の天使』・・・ずいぶんと若いわね。思ったより、ずっと。」
静かな声だった。それはまるでラクスを思わせる、心地のよいであろう声だった。それでも静かに、アスランは女を見ていた。その冷たさを。
「あなたが、組織の人間全てを殺していたのね?あの子のために。」
「・・・・・・」
アスランの沈黙を肯定と受け取り、女は少し哀れむように口を開いた。

 

「あの子はまだ、生きているわ。」

 

「嘘だ!」
強烈な既視感がアスランを襲った。
「いいえ、本当よ。」
女の声が、部屋中に響いていた。頭の中に言葉が木魂して、破裂しそうに痛んだ。それでも銃口を女の額にぴたりと向けたまま、アスランは目を見開いていた。
「本当よ。あなたにだけは真実を与えると、私は決めていたの。あの子はまだ、生きているわ。あの紫の瞳の、綺麗な子。でも、怖いくらいに死なない、あの子。どう考えても普通の人間なら、とうに人質としての役割は終わり、死んでいるはずだった。それなのに、あの子は生きているの。それでやっと確信したわ。あの子が『最高のコーディネイター』だって。だから、生かしておいた。あの子はまだ色々な事に使えるのだから・・・」
その言葉にアスランはカッと頭に血が上った。思わず、女のすぐ傍に足が動いていた。アスランの身体は、久しぶりに人間の感情を取り戻そうとしていた。
「私は、あなたにとってあの子が何なのか知らない。でも私にとっては弟と兄と、そして以前のように混乱に満ちた混沌の世界が、あなたと同じように大切なのよ。」
「同じなものか!」
叫んだ声は、掠れていた。はじめてアスランの瞳に光が灯った。涙が、忘れたと思っていたものがアスランの目に浮かんだ。女はそれを認め、すっと視線を床に落とした。
「・・・そう。愛しているのね・・・」
「黙るんだ!」
女の額に今やほとんど触れている銃口が、揺れていた。アスランは指先が震えるのが分かった。いかに人を殺めるかを知り尽くした指のはずだった。感情を捨ててきたはずだった。それなのに、再び芽生えた熱すぎる感情に、アスランは怯えた。現実に、自分の都合のよい夢に、未来に、過去に。そして、自分自身に。女は淡々と言葉を紡ぎ続けた。
「あなたは、あと一人の中心人物を知っている。私の兄。この計画の実行者。そしてこの計画の最後の一人。その場所すら、あなたはもう知っているのでしょう。弟は、ずっと前にあなたがはじめに殺した者に消された。私と兄は耐えたわ。あなたが動き始めても、兄は私を救う事以外は何もしなかった。そんな兄よ。弟も、私もいなくなれば。兄は何をするか分からない。あなたは世界を救った『英雄』の一人なのかしら。それでも、いいの?」
「そんな者、どこにも存在しない。キラ以外に!」
アスランは叫んだ。もう、自分が何を言っているのか分からなかった。女の言葉が無理矢理頭にねじ込まれて吐き気がした。首を振って女を見たアスランに、女は死を悟ってそっと微笑んだ。
「私を殺すの?」
「お前を助ければ、キラは、あいつは帰ってくるのか?」
咽喉から搾り出すような声に、女はそっと瞳を閉じた。
「キラ・・・良い名ね。でも、分からないわ・・・」

女が言い終わる前に、アスランはその額を撃ち抜いていた。女が床に落ちるのと同時に、アスランの頬から涙が一滴血の海に落ちて溶けた。アスランは自分が薄く笑っている事には気がつかなかった。その涙は、喜びの涙なのか、悲しみの涙なのか、それはアスラン自身にも、分からなかった。

続く。