この物語は、登場人物の行動・描写が暴力的かつ過激になっております。15歳以下の方の閲覧を禁止いたします。また、悲劇的要素を多々含みます。そういった表現が苦手な方にはお勧めできかねますのでご注意下さい。

 

 Lament Angel 18

 

 プラントに帰らないラクスがいた。それを諌めも慰めもしない自分がいた。それでもここに、自分ではない他の人間がいる事が嬉しかった。確かに、ラクスとは共有していると思っていた。胸に空いた喪失感とそしてそれだけでない何かを。だから、自分とラクスは同じ思いをずっと抱いていると思っていた。でも…  

「あいつ、何してたと思う?真冬の海に入ってたんだ。」
自然とそんな言葉がカガリの口をついて出てきた。オーブ政府内での仕事はラクスと共に行うことが増えていた。それは当然の事だった。地上と宇宙をこの小さい体に負う者同士が一箇所にいることに、周りは多少なりとも反対はしたが、今はそれが心地よかった。そうでもしないとここにいられなくなりそうだったから。だから、カガリはラクスと同じ思いだと思っていた。失ったものがあった。失いたくないものがあった。だから、そう口にした。アスランだけは、救いたいと。 

 ふっと、ラクスが手を止めてカガリを見た。その瞳の色はうかがい知れないほど深く、そしてカガリの知らないものを知っているように見えた。それはいつものように。ラクスの沈黙は、カガリの言葉以上に何かを言っているようで、カガリは促されるように先を続けた。
「この前、海で見たんだ。アスランを。あいつさ、海に入ってたんだ。それも夜中に一人で。何をする訳でもない、ただ冷たい海に一人で佇んでたんだ。はじめは思った。キラの・・・キラの後を追おうとしたのかと。でも、違ってた。あいつ、ただ月を見てただけだったんだ。なんでそんな事しなきゃならない?どうしてそんなところにいなきゃいけない?あいつの目、ほっとけないってそんな単純な事じゃ説明できないほど冷たかった。あいつじゃないみたいだった。」
「・・・・・・」
ラクスが、少しだけ目を伏せた。何かを知っている。そう瞳が語っていた。それを理解した瞬間、カガリはばっと立ち上がり、強くなる語調を抑えきれずに言った。
「何か、何か知ってるんだったら、教えてほしい。あいつだけは・・・アスランだけは、救いたい。まだ・・・間に合うのだったら。だから・・・!」
まるで懇願するように、希望に縋るように、カガリは言った。まっすぐな、何者にも遮られる事のない純粋な瞳で。ラクスは、苦しかった。どうしてそんなにまっすぐでいられるのか。闇を、教えたくなった。それもまた暗い気持ちだった。そして決意したように、すっとカガリを見た。その金色の瞳に負けないように真っ直ぐに見つめ返して。
「・・・アスランは、人を殺めています。」
「なっ・・・」
一瞬、机の向こうの瞳が揺らいだ。言葉を失ったカガリが目を見開く。その瞬間、邪魔されたくないと思った。キラのためにアスランを止めたくなかった。だから、ラクスは静かに続けた。
「わたくしがお教えした犯人の一人から組織を辿り、アスランはあの件に関わった全ての者を殺めています。」
「そ・・・んな・・・!ラ・・・クス・・・お前っ!」
「ええ、わたくしも共犯者、と言う事になりますわね。」
「何で!そんな!」
思わず椅子に沈み込んだ体が重かった。ラクスの言っている事が、言葉としてしか理解できなかった。何を言っている?何を・・・?何も言えないでいるカガリを見つめたまま、ラクスは続けた。
「アスランは、今やキラのためだけに生きています。それだけが、自分の命の期限を延ばしてまで成さねばならない事としています。わたくしは、アスランを失いたくありません。もう、誰も。」
「それは!それは・・・わたしだって同じだ!」
浮かぶ涙を噛み殺し、カガリはまるで叫ぶようにそう言った。
「アスランを今、止める事ができる者はいません。カガリさん、あなたでさえ。もちろん、わたくしにもできませんわ。無理にアスランを救おうとする事自体が、アスランを傷つけ、そして殺すでしょう。」
「でも・・・!でも!」
すっと目を細め、ラクスは言った。
「アスランを、守りたい。今はただ、それだけです。キラの想いが一番近い存在。それがアスランです。わたくしは、キラの想いだけを守りたい。あなたも、そうだと言うのでしょう。」
「そうだが、そうだけど・・・ラクス・・・!」
「では、沈黙を守ってください。言葉と共にアスランも消えるでしょう。」
「・・・!」
あまりに強い視線。痛いほどの決意。分かりすぎるその思いは、同じではなかった。しかし望む事はどこかで確かに交差していた。ラクスと。故にカガリは否定も肯定もせず、そのまま席を立って出て行った。一人に、なりたかった。

続く。