この物語は、登場人物の行動・描写が暴力的かつ過激になっております。15歳以下の方の閲覧を禁止いたします。また、悲劇的要素を多々含みます。そういった表現が苦手な方にはお勧めできかねますのでご注意下さい。

 Lament Angel 17

 

 叩いた手の平を見つめ、カガリは一瞬呆然とした。どうしてこんな事をしてしまったのだろうか。どうしてこんな事になっているのだろうか。どうしてアスランはここにいるのだろうか。そんな疑問が感情を駆け巡り、カガリはこの海の中でたった一つだけ熱くなった自分の手の平を見ていた。それは小さく震えていた。はっとして叩いた者を見ると、そこには何の表情も変えずにアスランが立っていた。その瞳があまりに深くて、暗くて、カガリは思わずアスランを抱きしめていた。
「っ・・・アスラン!アスラン!」
「・・・・・・」
アスランを癒せない自分が、どうにもできない気持ちが、許せなかった。ただ抱きしめても、そこには何もいないようだった。カガリはぬくもりの感じられないその身体を、折れるほどに抱きしめた。熱い涙が頬を伝い、アスランの肩に零れていった。それでもアスランに触れる頃には、その涙もまた、海の温度と同じように冷え切っていた。
「お前、生きろよ!生きようとしろよ!」
とめどなく流れる涙をそのままに、カガリは叫ぶようにそう言っていた。止められなかった。
「わたしのために生きろとは言わない。お前のために、生きろとも言えない。だけど、せめて・・・思い出のために生きろよ!」
それ以上は、何も言えなかった。嗚咽が言葉を奪い、いつの間にかカガリは、アスランの肩にしがみついて泣いていた。
 

 

 警護兵と運転手にしばらく下がるように命じ、カガリは海からアスランを引き上げて火を焚いた。向かいに座ったアスランは、青白い顔をしていた。そこから表情は何も読み取れず、カガリは眉を寄せてじっとその瞳を見つめた。

アスランは、焚き火の熱さに思わず目を覆っていた。パチパチと乾いた木が爆ぜる音、身を焼くような焔。それは今のアスランには熱すぎた。やさしさが、辛かった。冷たさよりもずっとそれは鋭利な刃となってアスランを傷つけた。カガリのやさしさと温かさが、身を切るようだった。揺らめく火の向こうに、キラがいるような気がした。悲しい目、遠い視線、美しい紫の瞳。しかしそれは焔の色に染め替えられ、金色の眩いばかりの光だけがそこにあるだけだった。光も温かさも、アスランには強すぎた。いっそこの炎に焼かれてしまえば良かったのかもしれなかった。それでも、アスランにはまだやる事があった。

「・・・カガリ。」
長い沈黙を破って、アスランがカガリの名を呼んだ。ぱっと顔を輝かせ、カガリは焔の向こうにいるアスランを見た。しかしそこには表情のない、真っ白い顔があるだけだった。暗い決意を秘めた、何者にも揺さぶられる事のない瞳は堅く冷たかった。はっと、カガリは息を呑んだ。
「もう、俺に構うな。」
たった一言そう言って立ちあがり、アスランはカガリと焔に背を向けて歩き始めた。
「アスラン!」
叫び声は届かず夜空に吸い込まれ、消え行く背があまりに儚くて、カガリはそれを追う事すらできなかった。思わず手を伸ばした先にある拒絶された背中には、なぜか羽根が生えているように見えた。美しい、まるで天使のような羽根。どこかへ飛んで行ける、どこかへ行ってしまう。そんな予感を抱かせるもの。そんな馬鹿なと、カガリは目を擦った。そして視線を戻した時にはもう、そこには暗闇しか存在していなかった。

続く。