この物語は、登場人物の行動・描写が暴力的かつ過激になっております。15歳以下の方の閲覧を禁止いたします。また、悲劇的要素を多々含みます。そういった表現が苦手な方にはお勧めできかねますのでご注意下さい。

 

Lament Angel 16  

 閣議が夜遅くまで続き、カガリは疲れていた。小さな身に纏う大きな重圧、小さな国が背負う大きな意味。それを分かっている上で選んだ道は、思った以上に険しいものだった。それでも、カガリは必死に今を生きていた。キラを失った事を胸の奥底にしまい込み、痛みを常に感じながらも、カガリは国のために生きていた。国が彼女を選んだ、そして彼女もそれを望んだ。ただ、それだけの事だった。分かっていた。それでも少しだけ、辛かった。

 海辺を走る車の中で、カガリは疲れた頭を外に向け、ぼおっと海を見ていた。輝く白い月、静かに寄せては返す波。それはいつまでも守るべき、この国の美しい場所だった。例えそこに星屑となって墜ちたモビルスーツの残骸があったとしても。ふと、海の中に何かを見つけ、カガリは重い身体を起こした。誰かいる。月明かりの下、海の中、それはあまりに幻想的で美しい光景だった。思わず見とれるような風景だった。しかし一瞬後、カガリはそれが誰であるか分かってしまった。
「アスラン!」
叫んだカガリは疲れも忘れ、ばっと起き上がった。
「車を止めろ!」
驚いた運転手がブレーキをかけ、車体が停止するよりも先に、カガリは転がり出るように車の外に出て走り出した。
「カガリ様!」
警護兵と運転手の叫び声は、あっという間に後ろに遠ざかっていった。
 

 砂に足を取られ、服が汚れるのも構わず、カガリは走った。アスランのいる場所に。バシャッと、足に水がはじめてかかると、カガリはその冷たさに一瞬身を引きそうになった。が、それでもカガリは止まらなかった。
「アスラン!アスラン!」
ザバザバと水を掻き分け、カガリは身も凍るような海へと分け入っていった。カガリは懼れていた。キラがいなくなった今、アスランが身を海に沈めようとしても、何ら疑問はなかったからだ。最近すっかり姿を見せなくなったアスランの行方を気にしてはいた。それでもラクスから、生きているという情報だけは手にしていた。だから、安心していた。それでも、今になってアスランの身に何かがあって、そして命を投げ出そうとしているならば、それは否定できない事実になりうる事をカガリは知っていた。アスランの求める唯一のものは、もうここにはないのだから。  

「どうしたんだ、アスラン!」
水が胸まで浸かる場所まで重い水の中を進んで、やっとカガリはアスランの所まで辿り着いた。あまりの水の冷たさに、声と身体が震えるのを止められなかった。
「・・・・・・」
「どうしたんだよ!答えろよ!」
アスランの肩を乱暴に揺さぶり、カガリは必死でその瞳を見つめた。しかしそこにいたアスランは、自らの命をなくそうとしているのではない事が、カガリには分かった。ただ、その瞳は遠い遠い何かを見ているようだった。
「何でもない。」
「何でもないわけないだろう!そんな格好でこんなことしてたら、死んでしまうぞ、お前!」
やっと口を開いたアスランの声はあまりに静かで、激昂した自分の感情を冷やしていくようだった。
「・・・全てが終われば、それでも、いいかもな。そうしたら、カガリが俺を裁いてくれるか?」
「な・・・!」
そう言って、アスランはカガリを見て、少しだけ微笑んだ。その笑みがあまりに冷たく、この水よりも澄んでいて、カガリは背筋がぞっとした。生きている者とは思えなかった。美しすぎて怖かった。そして思わず振り上げた震える手は、その数瞬後にアスランの頬を叩いていた。
『パンッ』
濡れた水音と、乾いた音が静かな海に響いて消えた。

続く。