この物語は、登場人物の行動・描写が暴力的かつ過激になっております。15歳以下の方の閲覧を禁止いたします。また、悲劇的要素を多々含みます。そういった表現が苦手な方にはお勧めできかねますのでご注意下さい。

 

 Lament Angel 14

 

 暗黒街に死体が出ると、そこには必ず緑色の羽根が落ちていると言う。血溜まりの中に、その紅と対照的な、目の痛くなるような緑の羽根が落ちている。それがどす黒く染まる前に、死体は見つけられた。誰がやっているのか、オーブ政府もその施設の者も、誰にも分からなかった。そしていつしか、街にはこんな噂がまことしやかに流れていた。

『闇に舞い降りた緑の翼を持つ天使が、堕ちた穢れし者を狩ってゆく』

初めてそれを耳にした時、ラクスは暗い悦楽に眩暈がした。自ら始めた事、手を離れた密やかな計画と遂行。その滑らか過ぎる時の流れに、涙が溢れそうになった。それでも、アスランを失いたくはなかった。キラのように、もうこれ以上、自分のいとしいものたちが消えていくのに耐えられなかった。それならばいっそ、その逆すら望んでいた。そしてその望みは実行されつつある。自分の手ではなく、それもまたいとしいものの手によって。それは暗い快楽だった。得もいわれぬ充足感と、そして絶望的な喪失感がラクスを襲った。悲しいわけではなかった。悲しみはもう、キラと一緒になくしてしまったから。それ故ラクスは心の隙間を埋められる何かを求めてキラの部屋を訪ねた。海辺の、あの穏やかだった日々を過ごした奇跡のような時間を求めてだったのかもしれない。しかしそれはもう、そこにはないと、分かっていたはずだった。それでも、行かざるをえなかった。自らの身を省みるためにも。

 砂浜を歩いて行き、海辺からテラスに上がると、そこはキラの部屋への入り口と窓があった。汚れた窓は曇っていて、中が見えなかった。その窓にそっと手を触れ、ラクスは思わず呟いた。
「・・・キラ・・・」
手に頬を寄せ、ラクスの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。一滴の雫は少しだけ窓の汚れを拭き取ると、その視線の先に緑色のものが見えた。はっとして頬を窓から離すと同時に、強い風が背後から吹き抜けていった。それはラクスの髪を揺らし、扉をキィと小さな音を立てさせて開けた。風に誘われるように、ばっとラクスは部屋に駆け込んだ。そこには、小さな綿毛のような羽根が無数に散らばっていた。そのどれもが鮮やかで深い緑色だった。アスランの瞳の色と、同じ色だった。一瞬、背筋を何かが駆け上がるような感覚に陥った。うつろになりかける視線には、主のいない転がった籠だけが、床で風に押されてゆっくりと軋みながら揺れているのが映るだけだった。ふと足元を見ると、ラクスはそこに小さな血痕が残っているのを見つけた。滲んだその染みは、まるで涙のようだった。
 

 その場にしゃがんで、ラクスは一枚の羽根を拾い上げた。それは指からすり抜けることもなく、そっとラクスの手に収まっていた。それはあまりにも軽く、そこに本当に在るのか分からないほどだった。まるでキラのように、そして今のアスランのように。
「人は誰でも何かを創り出すのだと、遠い昔のどなたかがおっしゃっていましたわ。あなたはもはや、死を紡ぎ出す者なのですわね。」
ラクスの呟きは、海から吹く風に浚われて誰にも届かなかった。

続く。